月別アーカイブ: 12月 2011



獅子頭(シーズトォ)


むしょうに中華料理が食べたくなってしまう本です。

楊逸さんの芥川受賞作「時が滲む朝」が天安門事件以降だとすれば、この本の出だしはそのもう少し前。
文化大革命の名残りが残っていた時代から、ということになるでしょうか。

地方の農家の次男として生まれた主人公が都会へ出て成長していく過程は極めて順風満帆。

人民軍で手柄をたてた伯父さんのコネで父親が雑技学校の調理師に就職が決まります。
兄弟で雑技学校へ入学を試みるが、兄は成長したぶん身体がかたく落第。弟の主人公は幼くて身体が柔らかかったことが幸いして、入学が出来てしまう。

雑技学校ではメキメキと頭角を表し、上海での舞台にまで立てるようになり、そこの主催者から招待された高級レストランで食した獅子頭(シーズトォ)と呼ばれる肉団子が彼の将来を左右する食材となる。

慰安公演の練習中の事故が彼の人生を変える。
雑技団の一員になることをあきらめた彼には不遇の人生が待っているかというとそうではない。

大連へ出て、中華料理の店で働く事を決意するのだ。

そこでも彼が恵まれていることに、店の娘(後の妻の雲紗)が一緒に料理学校へ行こうと勧めてくれる。
店主への説得は雲紗がしてくれる。
料理学校で調理師免許を取り、卒業するや大連で一番のホテルの調理師見習いで雇われたかと思うと、従業員の賄い作りで、メニューに無かった「獅子頭」を作って出したことが幸いして、20歳をわずかに過ぎた頃には、そのホテルの本格料理人になってしまう。
そして雲紗とも晴れて結婚し、可愛い子供にも恵まれる。
あまりにも順風満帆すぎるのです。

看板料理人となった彼は日本から来た紳士に認められ、日本へ行くことを料理長やら経営者から命令される。

さぁ、ここまではほんの入り口。

物語はここからが本編と言っていいでしょう。

愛する美人妻、産まれたばかりの愛する娘と別れて暮らすことに散々抵抗をこころみるが、中日友好のためだから、と上から散々説得されてしぶしぶ日本へと旅立ちます。

中日友好のためなどと言われて、舞い上がっていたのになんのことはない、日本の中華レストランの料理人の一員に加わっただけのこと。
しかもカビ臭い共同部屋をあてがわれて。

ここから先のこの主人公、あまりに可哀そう過ぎるのです。

彼はそれまで自分は田舎から出て来た田舎者としか呼ばれていなかったので、自分では意識していなかったのでしょう。
なかなか男前らしい。
それに雑技をやっていただけあって、ひきしまった身体もスマート。

つまり、日本の女性からもてるのです。
昼食時に必ず寄り添って中国語を習いたいといい、日本語を教えるという店の看板娘。
実は娘というには少々とうが立っているのですが・・。

そうやって寄り添うのも中日友好なのか、と納得する主人公。
ある日、紅葉を見に行こうと彼女から誘われる。

この男、それがデートの申込だと気が付かないのです。

出国した時の意識のままの彼は国が変わりつつあることを知らない。
以前の中国共産党から「不適切な男女関係」と見られないように、気を配るのですが、それでも「断る」ということを知らない。
彼女の家へ招かれるとそのまま付いて行くことが礼儀だと思っている。

彼女からキスされてほぼ襲われる格好ながら、行きつくところまで行ってしまったのが運の尽きだ。
とうとう彼女に結婚を迫られてしまう。
子供が出来たというのだ。
結婚適齢期、実際にはそんなものはないのでは、と思うのですが、そう思っている女性で且つ自身が適齢期を少し過ぎたあたりと思いこんでいる女性というもの、なんて怖いんでしょう。

同僚の上海から来た先輩料理人も文革時代の人で、「お前は政治犯として死刑になるぞ」と散々脅し、大連の妻とは離縁出来るように取り計らってくれる。

この主人公氏、かつての順風満帆はどこへやら。
それもそのはず。彼が自分で物事を決めたのは、大連の中華料理屋で働く、と決めたことだけなのだ。
その後の料理学校にしろ、一流ホテル勤めにしろ、獅子頭づくりにチャレンジしてみる、などは全て後の妻となる雲紗のアドバイスに従って来ただけ。
流されるままの彼はいつの間にか故国の愛妻とは離縁となり、自分より年上で、化粧を落とせば美しくもなくたるんだ頬の女と結婚させられ、その先には、レストランもやめてその妻(幸子)が計画した食堂の厨房で料理を作るはめになる。
一流の料理人が、町の食堂で一律700円の定食を作り、年間365日働かされて、お金は妻が握っているので事実上賃金無し。
まさに資本主義による搾取じゃないか、とぼやいてみてももはや打つ手なし。
彼は結婚前から幸子とはどうやって離婚出来るのか、結婚後も頭の中はそれしかない。

こうやって早い時期に日本へ来た人というのは時計の針が来日の時から止まってしまっているのかもしれない。
毎日毎日、厨房にいるので、世の中がどう変わったのかなんて知る由もない。

その厨房で働き続けているうちに、本国は発展し、自分よりはるかに恵まれなかったはずの兄ですら、会社を経営し、豊かになって左団扇の状態だというのに、彼だけは文革時代のまま取り残されている。

本の帯には「誰も読んだことにない成長小説」だとか、「中国人青年の波乱万丈の日々を明るく描く新しい成長小説」などと書かれていたのだが、果たしてこれが明るい成長物語なのでしょうか。

悲しい悲しい話のように思えてきます。

はてさてその先、主人公氏に待ちうけているのはどんな展開なのでしょう。
その先は手に取って読んでみることをお勧めします。

それにしても楊逸さん、どんどん作品が活き活きとして来ますね。

楊逸さん、あまりテレビとか出ない方がいいんじゃないでしょうか。
あまりにも騒々しく話されるので、書かれているものそんな騒々しいものだと誤解されてしまいますよ。

この物語の主人公が先輩中国人から教わった日本語習得の仕方に、日本の漢字をそのまま中国読みし、その後に「する」をつける、すると大抵の言葉は通じてしまう、というくだりがあります。

楊逸さんの日本語会話の当初の習得方法はこれだったのではないでしょうか。

獅子頭(シーズトォ)』楊逸(ヤンイー)著



プリンセス・トヨトミ


お好み焼き屋のオヤジだった親父がある日突然スーツを着て、「私が大阪国総理大臣 ○○です」なーんて言うのを横で聞いたら、息子はさぞや唖然とするんだろうな。
普段、酔っぱらってそんなことばかり言っているオヤジならともかく、堅物のオヤジだけになおさら。

この本を読むだいぶ前に映画の宣伝などを見てしまっていたのだが、結局映画は見逃したまま、先に本を読めて良かった。

大阪城というのは大阪冬の陣、夏の陣で焼け落ちた後、徳川は豊臣の痕跡を全てなくしてしまおうと、元の姿を消し去った後に徳川秀忠が新たに大阪城を全く別物として再建し、完成した後は徳川直轄の城とした。

大阪の町民は豊臣びいきで、そもそもの冬の陣の前の方広寺の因縁をつける行為も気に入らなければ、一旦講和した後に外堀を埋め尽くして再度、夏の陣で滅ぼしたやり方も気に入らない。

そんな大阪町民が、豊臣秀頼の遺児を預かり、こともあろうに新たに造営中の大阪城の地下に再建の場所を作ってしまう。

それからえんえんと400年。
大阪の人達はその秘密を守りぬき、豊臣の子孫を守り抜いたのだという。

なんとも痛快な話である。

明治維新の折りに大阪国は明治政府と条約を結ぶ。
それ以降、表には秘密にされているが条約の条項の元、国からの補助金という形で大阪国を維持し続けている。

そういう補助金の使い道に目を付けるのが会計検査員。

この話は会計検査院の調査官が実際の大阪国の議事堂を見て、その生い立ち、歴史を聞いた上でいかなる行動に出るのか、それが話の中心。

それにしてもこれだけ知っている地名ばかりの小説というのはなんと馴染み深いのだろう。
とても他人ごとと思えない気持ちになってくる。

作者は、万城目なんていう「20世紀少年」の登場人物みたいなペンネームjを使っているので、どんなふざけたやつなんだろうと思っていたら、なんとあの「鴨川ホルモー」を書いた人だった。

まぁ、あれはあれで充分にふざけていると言えばふざけちゃいるが。

口の軽い大阪人が400年以上もの間、一つの秘密を話さずにいることそのものが最も有り得ないっちゃ有り得ないが、辰野金吾という実在の明治の建築家、日本銀行本店だの東京駅だの・・・名だたる建築物を日本各地で作った人に、大阪国の議事堂を作らせるあたりやら、その地域の歴史が史実のままだったり、というあたりで若干ながらも信憑性を持たそうとしている。

それよりなにより面白いのは登場人物の名前。
検査するほうの会計検査院が、松平だの鳥居だのと徳川方の名字だとすれば、
方や大阪で登場する人の名字は

真田、橋場、大野、長宗我部、後藤、宇喜多、島、浅野、蜂須賀・・・。

それぞれ真田幸村、橋場は羽柴秀吉からだろう、大野治長に長宗我部盛親、後藤又兵衛、さらには一介の浪人にすぎない塙団右衛門の「塙」という姓の人まで登場する。

冬の陣、夏の陣などで散って行った侍たちの名を町人が名乗っていたわけはないのだが、その時代の本を読みふけった人間にはなにやら懐かしささえ感じてしまう本なのだった。

プリンセス・トヨトミ   万城目学 著



日本中枢の崩壊


なんて強い人なんだろう。

影の総理と言われるほどに上り詰めた人から、恫喝とも言える言葉を浴びせられ、大臣官房付という閑職にありながらも職を辞さずに耐え続けた。

自らが官僚でありながらも、その官僚の腐敗を指摘し続けることで上司からも同僚からも冷たい視線を送られる中、耐え続けられたその精神力の強さの源はどこからくるのだろう。
上司からは好条件の天下り先への斡旋話が来るが、自らのポリシーと異なるから、ともちろん蹴っ飛ばす。

もともとは小泉政権時代の構造改革路線上にある国家公務員制度改革の牽引役に引っ張られたまではいいのだが、小泉、安倍と続いた改革路線も麻生に至って停滞し、民主に変わって、全く骨抜きにされてしまう。
梯子を完璧に外された格好だ。

そんな中でも耐えていたのは、鳩管と続いたトンデモ政権が長続きしないだろうと踏んでのことだったのかもしれない。

だから、時の海江田経産相から辞職届を提出するように言われてもひたすら耐えた。
しかしその後の経産相を引き継いだ枝野氏からも同様の打診が来たために、さすがにこの政府に見切りをつけたと言わんばかりに退職した。

この本、その現役官僚の時に書かれた本である。

政治主導の改革と言えば、
小泉の郵政改革、中曽根の国鉄民営化、三公社の民営化が印象に強いが、最近よく耳にするのが橋本龍太郎内閣である。
現役でおられる時はあの能面のような顔からツンと話す話しぶりまでもあまり好きにはなれなかったが、あとあとの改革の大元を手繰って行くと大抵は橋本内閣に行きつく。
「社会保障構造改革」、「金融システム改革」、「経済構造改革」、「財政構造改革」、「行政改革」・・・・。
この本でも橋本内閣については触れられている。

私事ではあるが、先月マレーシアを訪れる機会を得た。
そこでまさに政治主導のお手本のようなダイナミックな施策をみることが出来た。
ジャングルの真ん中を切り開いて、ポーンと新たな最先端都市を作ろうと、いやもう作られているのだ。
その一つはサイバージャヤという先端産業の集積基地を作ろうという計画。
もう一つは、プトラジャヤという新たな首都を作ろうという計画、というよりももう実行されている。
東南アジアの国の首都はどこも年々渋滞がひどくなって来ている。
マレーシアの首都クアラルンプールはまだ他の国よりはましではあるものの、やはり渋滞はある。
この既存の首都を改修することよりもジャングルの真ん中に作った最先端都市プトラジャヤにすでに首相官邸はもとより、ほとんどの政府機関がそこへ移転。
緑豊かで道路も広いプトラジャヤには渋滞などはない。

方や日本では大阪で新たな政治主導が形成されつつある。
府知事を任期途中で辞してまでして、大阪市長選に臨んだ橋本氏。

知事の座に少しでも居座り続けたいような首長達とはハナからやる気も覚悟も全く違う。これも私事だが、私は大阪市民であり大阪府民。
だから市長、府知事双方への投票権を持っているわけだ。
私の周囲誰しもが「前市長はニュースでも読んでんのがよう似合うわ。とっとと去ってくれ」という声しか聞こえなかったのにも関わらず、結果、橋本圧勝とは言いながらも前市長に52万票もの票が集まった。
大阪市役所の関係者だけでそれだけの票は生まれない。
なんとも気持ちが悪いのは週刊誌などで異常なほどに展開された橋本氏へのネガティブキャンペーンである。

役人を敵に回すといろんなことが起きるのだろう。
だが橋本氏は大阪府で一度、戦い抜き、勝ち抜き、大赤字の大阪府を黒字優良自治体に持って来た実績がある。

古賀茂明の著した日本中枢の崩壊、くいとめるのは案外、大阪発なのかもしれない。

日本中枢の崩壊  古賀茂明 著