長い長い殺人宮部みゆき著
語り部が財布なのですよ。財布。
刑事の財布が語り部。
強請屋の財布が語り部。
少年の財布が語り部。
探偵の財布が語り部。
目撃者の財布が語り部。
死者の財布が語り部。
旧友の財布が語り部。
証人の財布が語り部。
部下の財布が語り部。
犯人の財布が語り部。・・・。
最初の一話を読んだ時には、短編なのかと思いましたよ。
全部ちゃんと繋がっているのですね。
雑誌に掲載された頃は「十三の財布の物語」というタイトルだったそうです。
タイトルとしてはそちらの方があきらかにいいですね。
連載しているうちに10話で終わってしまったので、タイトルは「十の財布の物語」ではなく「長い長い殺人」になってしまった。
長い長い殺人なんてどんな殺人なんだ?と思ってしまいましたよ。
一話一話がそれぞれちゃんとまとまっているのは雑誌に一話ずつ載せていたからなのでしょうね。
それぞれの財布にも生い立ちがあったりしてやっぱり財布の物語なのですよ。
全体の展開は、保険金がからみ配偶者の殺人容疑といい、マスコミの騒ぎ方といい、あのロス疑惑事件を彷彿とさせてくれます。
ロス疑惑事件は、妻とロサンゼルス旅行中に暴漢に襲われ、妻を失った悲劇のヒーローとしてマスコミに登場するところから始まります。
その後、週刊誌の独自取材による報道で状況は一転します。
妻にかけていた莫大な保険金。それを目当てとした保険金殺人の疑惑。
以後この男の周辺にはいつもマスコミが殺到していたあの事件。
物語の展開はその正反対。
夫を保険金目当で殺害したのではないかと疑われる女性と妻を保険金目当で殺害したのではないかと疑われる男性。
しかも両者は愛人関係にある。
犯人で間違いないだろうと散々疑われながらも物証は無し。
だがマスコミは放ってはおかない。
犯人に間違いないだろうと、二人に押し寄せる。
ところが思わぬところから別の物証が出て二人の犯行では無かった事になるとこれまで散々犯人と決め付けていたマスコミは逆に彼らを悲劇のヒーローとして更にマスコミに登場させる。
ロス疑惑とは反対の展開ながら毎度ながらのマスコミの取る対応。持ち上げるだけ持ち上げておいて、落とすところまで落とす。
犯人扱いで過熱しておいて一転ヒーロー扱いで持ち上げる。その構造は同じか。
「あるじよ。その金を受け取ってはいけない。その金で私をふくらませてはいけない」
財布に「あるじよ」と呼ばれるほど私は財布を長持ちさせた事があるだろうか。
少年と呼ばれた頃から数えて一体いくつ財布をなくした事だろう。
大抵はいつなくなったかさえわからないが、気がついたらなくなっているというケース。
サウナでなくした時の事だけははっきり覚えている。
一杯飲んだ後、サウナで一泊して翌朝仕事場へ直行。通勤ラッシュに遭遇せず、ゆっくり朝の時間を過ごせる結構効率的な手段だ。
そのサウナの仮眠室で一泊して翌朝清算をしようとしたらポケットにあるはずの財布が無い。
隣に居た先輩に聞くと、
「そう言うたら、あのオッサンそれが目当てやったんかいな」
とわけのわからない事を言う。
「いやな、おまえが寝ている最中に横へ擦り寄って来たオッサンが居ったんや。てっきりそっちの趣味なんかいなぁ、と思てわくわくしながら見てたんやけど、眠とうなって寝てもうたんや」
そう言えば、目が覚めた時にいつも必ず首に巻いていたはずのロッカーのキーが何故か首には無く、頭の隣に垂れてあった。
その時は、さほど気にとめなかったが、何か違和感があった。
「でも、ええオッサンやないか。財布取ったあと、わざわざお前のとこまでキーを返しに来てくれたんやなぁ」
と妙なところを感心するこの先輩。
やはり只者ではない。
結局、清算は先輩にお願いしてその場だけは事なきを得たものの、その月はチョー金欠状態だった。
今持っている財布などは私にとってはかなり長持ちしてくれている。
財布がそこまであるじの事を気にかけてくれていたとは・・。
この本を読んでから財布を取り替えづらくなってしまった。