時空の旭日旗―我ら、未来より安芸一穂


平成の平和日本の海洋調査船が戦前日本にいきなりタイムスリップする。
荒唐無稽な話だろう、などと思いつつもかなり内容に興味はあった。
本の装丁を見て、これはマンガチックな話なのかな?と思ってしまったがさにあらず。

なかなかどうして、これは一つの歴史ものじゃないですか。

タイムスリップした先は、1935年の日本。
まさにこれから戦争への道へまっしぐらと進む最中である。

それをこの海洋調査船の乗組員達は戦争回避への道を探ろうとする。
これはなかなか出来るものじゃないと思われる。が、やってしまう。

真珠湾攻撃直前あたりにタイムスリップしていたら、誰にどんなものを見せようと相手にもされず、即監獄行きだっただろう。

二・二六事変の前年というのもかなり際どいタイミングなのだろうが、最初に出会う人次第ではやはり、怪しい一味として監禁されかねない。

そこはさすがにうまくすり抜けている。
海洋調査船の中に20時間を超える12枚組の昭和史の記録をえんえんと綴ったDVDが有り、乗組員の中に元海上自衛隊員が居たり、戦争オタクが居たり、内視鏡手術などという先端技術を駆使する女外科医が居たり、と未来から来たことを証明するに値する人や物や技術が無ければ、そうそう人はそんな事を信じてはくれないだろう。

一般の平成人がタイムスリップしたところで、何をどう証明出来るのか、携帯電話を持っていたって、肝心の基地局が無ければその未来技術は発揮できない。GPS機能もしかり。ワンセグしかり。せいぜい写メで驚かせるぐらいのことだろうか。
パソコンでインターネットを駆使する人がそこへシフトしたところで、肝心のインターネット網が無い。
また、パソコンをいくら使いこなしたって、それを構成する機器がどの様な仕組みで出来ているのかを理解している人など滅多にいない。
仕組みを説明出来きてこそ、過去の科学者にとっては画期的なものである事を理解させられる。
また過去の歴史を知って居ればこそ、それを改めるべくの忠言も出来る。
日本とアメリカが昔戦争したってーえーウッソー!という平成ヤング達は論外としても、一般人レベルでは結局何も出来ない。

どうもこの海洋調査船にはかなりのエリート集団ばかりが集まっていたということになるのだろう。

1935年と聞いて即座に二・二六事変の前年だと思い当たり、その3年後のノモンハン事件に更に翌年の日独伊三国同盟なんて年表みたいに頭に入っている人達ってどんな人達なんだ。

いすれにしろ、彼らは日本の進むべき進路を変えて行く。
それも最も理想的と思われる進路に。

対中からも撤退し、軍縮を行い、満州と朝鮮半島を独立させる。
これもなかなかにして至難の業だろう。
政治家や軍のトップ連中を納得させる事が出来て彼らの進路を変更出来たとしても、若手将校や国粋主義者とそれを持ち上げるマスコミがおそらく黙っているはずがない。
「この腰抜け外交」と揶揄されるだろう。
中国からの撤退と言って暴走関東軍を押さえ込めるものなのだろうか。
それに中国から撤退する、即ちソ連が南下してくる、そんな時代だったのではないだろうか。

そのあたりも、最善の時期に最善の選択をした、という事で納得しちゃおう。
二・二六を押さえ込んだ事で世論を味方に付け、未来からの技術と史実より内需拡大を図り、油田を掘削し、アメリカがどう出て来ようと困らない社会整備を整えつつある政治に信頼が生まれた、ということで。

彼らのおかげで日本は真珠湾攻撃をしない選択を選ぶのだが、ここからが作者の歴史観だろう。日本がどれだけ譲歩しようと、アメリカは何があっても日本を叩きのめしたかった。結局アメリカからの宣戦布告という形で日米戦争が始まるのである。

ここでも未来からの歴史から学んだ負の教訓より、軍のトップは悉く、戦術変換をしていくわけだが、これらについても緻密な戦史を知らない事には情報は情報にならない。

こういうシュミレーション、いろんな人がやってみればいい。
それぞれの歴史観が表れることだろうと思う。
但し、それは生半可なことではないことは言うまでもない。
作者は楽しみながら書いたとおっしゃるが、それこそとんでもない壮大なことに取り組んでいる。
一旦歩んで来た歴史を横道に逸らせるということは戦史や近代世界史に精通しているだけでは出来る事ではない。
新たな昭和史を描くほどの大事業になってしまう。
エンディングを書く事はご法度だろうが、この一冊ではまだそこまで行き着いてはいない。
読者としてはその先の日本の姿が気になるところである。

現実の日本は、村上兵衛言うところの「国家なき日本」からまだ脱却出来ていない。
占領軍に押し付けられた憲法を戦後60年たってもまだ後生大事にする国である。
一時、自民も民主もかつては改憲を謳いながらも近くある総選挙の争点にすらなっていない。
また逆にGHQの行った様々な改革の中で最も評価されるべきものは農地改革だろう。
世界に冠たる総中流の平等国家もGHQのおかげなのかもしれない。
戦前の日本の姿を引きずった戦後日本の姿とは、どんな姿だったのか。

続編を是非とも読んでみたいものである。

時空の旭日旗 我ら、未来より  安芸一穂 著 (学習研究社)