カテゴリー: 有川浩

アリカワヒロシ



レインツリーの国


「はて、どこかで聞いたことのあるようなタイトル・・・」図書館戦争の連作を読んだ人ならそう思うのではないだろうか。
図書館2作目の「図書館内乱」で登場する話。小牧という図書館員が近所に住んで小さい頃から知っている女の子(今は女子高校生なのだが、耳が不自由)に薦める本、それが「レインツリーの国」という本だ。
「レインツリーの国は障害者を傷つける本だ。それを耳に不自由な女の子に読ませるとは、あまりにひどい」と騒ぎ立てる人が居り、小牧隊員はメディア良化委員会にしょっぴかれてしまうのだが、肝心の薦められた彼女の方は「私には本を読む自由もないのか」と「レインツリーの国」を読む権利を主張する。

その架空の「レインツリーの国」を実在にしてしまったのが、この本。
本編の「図書館内乱」とは並行で書かれていたらしい。

で、その内容。
ある女性がネット上にUPしていた読書感想文。
同じ本を読んで同じ様に影響を受けた主人公の男性が1本のメールを送るところからメールのやり取りが続き、メールではかなり親しい仲に。
やがて会うことになるのだが、その初デートの別れ際に彼女の耳が不自由なことを知る。

耳が不自由ということは人とコミュニケーションを取る上で非常に不利だ。
某サムラゴウチじゃないが、本当は聞こえてるんじゃないの?などと言われることもしばしばで、職場ではあまりいい思いはしていない。

この主人公の青年のなかなかに立派なところは、耳の聞こえない人の気持ちは自分にはわからない、と開き直って付き合っていくところ。
なんでも耳の障害のせいにしてしまう彼女に対して、時には厳しく、そして思いっきり優しく、誰にだってつらい事の一つや二つは抱えているんだ、と教え諭して行く。

この話、障害を乗り越えてのハッピーエンド物語でもなければ、障害者が可愛そう的なお涙頂戴ものでもないところが素晴らしい。

小牧隊員が難聴の娘に薦めたくなるのがうなずける

レインツリーの国  有川 浩 著



だれもが知ってる小さな国


「だれも知らない小さな国」という半世紀以上前に書かれた本のリメイク版と言ったらよいだろうか。

蜜蜂を飼って、蜂蜜を取る仕事をする養蜂業の仕事や暮らしがかなり詳しく書かれている。

この本では養蜂業とは言わず、蜂屋という呼称を用いている。

蜂屋さんの仕事というのはあまり知られていないが、本当にこんな1年に何度も移動を繰り返していたのだろうか。

蜂屋さんの子供の小学生が主人公。
蜂屋の子供は1年に何度も転校を繰り返して、また翌年には同じ小学校へと帰って来る。
年度途中で何度も転校する子供達。

学校によっては教科書も変わるだろうに。1学年で何冊教科書を取り替えるんだろう。

学校によっては、その進み具合や教える順番が違うかもしれない。
習うはずのところがすっぽり抜けたり、同じ所を何度もということもあるのだろうな。
と、本題とは関係ないところを心配してしまう。

主人公の少年はコロボックルに出会い、同じ蜂屋の同級生の女の子もコロボックルのことを書いた「だれも知らない小さな国」の熱烈な読者で、コロボックルの存在を信じている。

そのコロボックルの話をテレビの取材班が聞きつけて来て、懸賞金を出してコロボックルを探そうという試みを始めようとするのだが、二人はそれを懸命に食い止めようとする。
テレビ局側の人間に大阪出身で全国的に売れているという設定の漫才コンビと思われる人たちが登場し、子供たちを説得しようとするあたり、ちょっと大阪の人間としては読んでいて複雑な気持ちにならざるを得ないが、まぁ彼らも決して悪役というわけではなかった。

なんともほのぼのとした気持ちになれる読後感のいい読み物でした。

だれもが知ってる小さな国 有川 浩 著



塩の街


有川浩のデビュー作にて、電撃小説大賞受賞作。

ある日突然飛来した隕石。
それは途轍もなく巨大な塩の結晶で東京湾の埋め立て地に被弾、というより着陸。

はるか遠くからでもその山のような白い物体を見る事が出来る。

この塩隕石の到来その日に日本の人口の1/3は塩化してしまう。
人間の身体が人形のように固まってしまい、その中身は塩になっている。
触れば、さらさらと塩になって人型は崩れていく。

政府機能も麻痺。交通も麻痺。
となれば無法地帯。

阪神や東日本、古くは関東の大震災においてさえ、日本は大災害時に無法地帯とならなかったことで、世界の人々を驚かせたが、有川浩の世界は世界標準で、無法地帯となってしまうらしい。

両親がその日を境に帰って来なくなった娘。
家に親が居ない、男が居ない、ということが知れ渡ると、欲望に飢えた狼たちの格好の餌食となるらしく、家の扉を破ってでも襲って来ようとする。

そんな娘を危機一髪のところで助け、自宅に居候させた元自衛官の男。
彼がなんとしてでも守るべき存在として娘の存在は大きくなり、娘の中でも彼の存在は大きくなって行く。

この本、この塩の結晶を男が退治しに行くところで話としては完結しているはずなのに、その後、まだまだ続くのだ。
案の定、一旦終えた後に続編として書かれたものらしい。

このデビュー作での編集者とのやり取りが、あとがきに記されていた。

売れっ子作家にはあれを直せ、これを直せとは言わないが、新人には登場人物の年齢を変更させたり、設定を変えさせたり、ということが行われるらしい。
その変更内容には、売るための戦術もあるだろうが、差別用語、偏見と取られかねない表現などへの検閲に近い事も行われる。
改めて単行本化するにあたって今や、有川浩は売れっ子作家となったので、編集者に直されたところは尽く原作に戻したそうなのだが、その偏見と看做された表現部分の修正は、敢えて直さずに、読者に違和感を感じてもらおうとの意思だったようだ。

おそらく「華僑」という言葉がはまっていただろう箇所に「外国人」では、趣きが全く変わって来る。

そんなデビュー作にての経験が、検閲をめぐっての戦い四部作、図書館戦争・内乱・危機・革命四部作を有川浩に書かせる動機付けとなったのかもしれない。

塩の街  有川浩著