カテゴリー: 万城目学

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悟浄出立


中国の古典や物語で主役では無く、常に脇役の立ち位置の人ににスポットをあてた短編集。

「悟浄出立」
悟浄出立の悟浄とは「西遊記」に登場する沙悟浄(さごじょう)のこと。
沙悟浄が語り手にはなっているが、寧ろ注目すべきは猪八戒。
あの豚のなりになる前は天空に居て、しかも戦で負け知らずの大将軍だった。

えええっ!となる話。

「趙雲西航」
三国志の劉備の配下の将軍、趙雲が主役。
益州へと向かう船の中でのどうにも気分がすぐれない趙雲。

同じ立ち位置の将軍、張飛との対比が面白い。

「虞姫寂静」
項羽がとうとう四面楚歌になってしまう時の連れ合い、虞美人を書いた話。

「法家狐憤」「父司馬遷」
とどちらも荊軻(けいか)が登場するが、「法家狐憤」が面白いかな。

荊軻と同じ読みになる京科という人が主人公なのだが、中国で初めて法治国家というものを築いた秦という国の面白さが良く出ている。

官吏の登用試験にておそらく音が同じなので、荊軻と間違われて登用された京科。
法治国家についてははるかに詳しい荊軻は他国へ。

その後、他国の外交官として秦の国王への謁見がかなう立場となった荊軻は、秦の国王を暗殺しようと企てる。
暗殺は失敗に終わるのだが、その時の秦は法を最も重んじる国で、王の命よりも法を守る事が優先されてしまう。

法を重んじる法治国家がなにやら滑稽なものに見えてしまう、という面白さがある。

万城目学という人、「プリンセス・トヨトミ」だとか「とっぴんぱらりの風太郎」なんかのダイナミックな作品のイメージがある作家だけに少々意表を突かれた感じの作品群。

それにしても表紙に作者の名前のひらがなまで入れてもらって、あらためて「ああ、確かそういう読み方だったんだよな」と思いつつも頭の中に一度インプットされてしまっているのだろう。何故かすぐに「まんじょうめ」と読んでしまう。

「20世紀少年」の影響だろうか。

悟浄出立  万城目 学 著



とっぴんぱらりの風太郎


いやぁ、楽しい本でした。

時代は関ヶ原より後、徳川が征夷大将軍となるが、大阪城にはまだ豊臣が残っている、そんな時代。

伊賀の里から放逐された忍者、風太郎。
文字通りプータローになったわけで、京都の吉田神社の近くにて隠遁生活を送る。

究極の忍びとは目の前を歩いても気が付かれない。それだけ「気」というものを消す。
その「気」を消すことでは伝説の人、果心居士.。
その片割れだという因心居士という「ひょうたん」の幻術使いにいいようにあしらわれる風太郎。

その因心居士から語られる豊臣家のひょうたんの馬印の由来。

自分でひょうたん作りまではじめて、出来あがった立派なひょうたん。
何の因果か因心居士からの頼みで大阪城の天守閣へと届けなければならない。

とはいえ、その時には、大阪夏の陣が始まろうとしている。
冬の陣の和議の結果、城の周囲の堀は埋め立てられ、もはや裸同然の大阪城。

滅ぶ寸前の大阪城へ今度は高台院(亡き秀吉の未亡人)からも秀頼あてに届け物を頼まれる。

これから大阪夏の陣で滅ぶ寸前の大阪城へ忍び込む使いを仰せつかる。

10万の大軍に囲まれた中へ忍び込んで、無事に脱出するなどという離れ業が成し得るのか。

秀頼からはまだ赤子の娘を託される。

「プリンセス・トヨトミ」の昔語りと一致はしないが、一応は「プリンセス・トヨトミ」につながる話にはなっている。

この本、トヨトミとかひょうたんとかはおまけだろう。

これからは太平の世。

もはや忍びなどは要らない。

武将も武勲をあげるやつは必要ない。
徳川に従順な大名であればいい。
その部下は、殿さまに従順なだけの侍でいい。

忍びなどの特殊技術はもはや必要とされない時代になったのだ、という中で生きている忍びたち。

なんだかどこかで聞いたことがあるような話ではないか。

古くは自動織機が出来たから織り子さんたちは要らなくなる。
最近では、3Dプリンターが出来たら少量多品種の金型メーカーは要らなくなる、とか。

江戸時代になっても忍びには忍びの役割りがあった如く、それぞれの産業でも手作りで無ければ出せない味のために機械化が進んでも残っては来たし、今後もそうなのだろう。
それでも、 電話の交換手みたいに日本では100%消えてしまった職業というものもある。

この時代の分かれ目に居る忍びたち、敵・味方で戦ってはいるが、それぞれ「もう俺達の時代は終わったんだな」と思いながら戦っているかと思うと、なんだか哀愁が漂ってくる。

とっぴんぱらりの風太郎  万城目学 著



プリンセス・トヨトミ


お好み焼き屋のオヤジだった親父がある日突然スーツを着て、「私が大阪国総理大臣 ○○です」なーんて言うのを横で聞いたら、息子はさぞや唖然とするんだろうな。
普段、酔っぱらってそんなことばかり言っているオヤジならともかく、堅物のオヤジだけになおさら。

この本を読むだいぶ前に映画の宣伝などを見てしまっていたのだが、結局映画は見逃したまま、先に本を読めて良かった。

大阪城というのは大阪冬の陣、夏の陣で焼け落ちた後、徳川は豊臣の痕跡を全てなくしてしまおうと、元の姿を消し去った後に徳川秀忠が新たに大阪城を全く別物として再建し、完成した後は徳川直轄の城とした。

大阪の町民は豊臣びいきで、そもそもの冬の陣の前の方広寺の因縁をつける行為も気に入らなければ、一旦講和した後に外堀を埋め尽くして再度、夏の陣で滅ぼしたやり方も気に入らない。

そんな大阪町民が、豊臣秀頼の遺児を預かり、こともあろうに新たに造営中の大阪城の地下に再建の場所を作ってしまう。

それからえんえんと400年。
大阪の人達はその秘密を守りぬき、豊臣の子孫を守り抜いたのだという。

なんとも痛快な話である。

明治維新の折りに大阪国は明治政府と条約を結ぶ。
それ以降、表には秘密にされているが条約の条項の元、国からの補助金という形で大阪国を維持し続けている。

そういう補助金の使い道に目を付けるのが会計検査員。

この話は会計検査院の調査官が実際の大阪国の議事堂を見て、その生い立ち、歴史を聞いた上でいかなる行動に出るのか、それが話の中心。

それにしてもこれだけ知っている地名ばかりの小説というのはなんと馴染み深いのだろう。
とても他人ごとと思えない気持ちになってくる。

作者は、万城目なんていう「20世紀少年」の登場人物みたいなペンネームjを使っているので、どんなふざけたやつなんだろうと思っていたら、なんとあの「鴨川ホルモー」を書いた人だった。

まぁ、あれはあれで充分にふざけていると言えばふざけちゃいるが。

口の軽い大阪人が400年以上もの間、一つの秘密を話さずにいることそのものが最も有り得ないっちゃ有り得ないが、辰野金吾という実在の明治の建築家、日本銀行本店だの東京駅だの・・・名だたる建築物を日本各地で作った人に、大阪国の議事堂を作らせるあたりやら、その地域の歴史が史実のままだったり、というあたりで若干ながらも信憑性を持たそうとしている。

それよりなにより面白いのは登場人物の名前。
検査するほうの会計検査院が、松平だの鳥居だのと徳川方の名字だとすれば、
方や大阪で登場する人の名字は

真田、橋場、大野、長宗我部、後藤、宇喜多、島、浅野、蜂須賀・・・。

それぞれ真田幸村、橋場は羽柴秀吉からだろう、大野治長に長宗我部盛親、後藤又兵衛、さらには一介の浪人にすぎない塙団右衛門の「塙」という姓の人まで登場する。

冬の陣、夏の陣などで散って行った侍たちの名を町人が名乗っていたわけはないのだが、その時代の本を読みふけった人間にはなにやら懐かしささえ感じてしまう本なのだった。

プリンセス・トヨトミ   万城目学 著