きりきり舞い 諸田玲子


「東海道中膝栗毛」をご存知ない方でも「やじきた道中」と言えば、中身をご存知なくとも聞いたことぐらいはあるのではないだろうか。
弥次さん、喜多さんというお調子ものの二人が東海道中をなんやかやとひと騒ぎしながら旅をして行く、という言わば江戸時代のコメディ本。
当時の言葉で言えば「滑稽本」。

その作者である十返舎一九という人の娘の視点から描かれたのがこの「きりきり舞い」。
十返舎一九という人、相当な奇人だったらしい。

酒びたりと大暴れが日常茶飯事の奇行に走る父。
そんな父にいつも縁談をぶっ壊される娘の舞。

この物語にはもう一人有名な人が登場する。
登場と言ったって台詞があるわけではないのだが、奇人変人ぶりが一九を凌ぐものであるのは、そのそっくりと言われる娘のありようからも充分に察せられる。

その人こそ、あの天才画家ゴッホにも影響を与えたと言われる、葛飾北斎。

一箇所に留まっていては作品が書けぬと、転居を繰り返し、生涯で93回の転居を繰り返したとも言われる。

おかげで娘も妻も北斎の居所、居所といったって住まいですよ。その今の住まいすらがわからないことがしょっちゅうだったのだとか。

その奇人の娘のお栄がこの一九の家に居候する。
そのお栄がまた北斎に似たのか、とんでもない奇人。
奇人ではあるが絵に関してはこれも父親譲りの天下一品。

北斎作と言われる中に実はこのお栄の作品がまざっているのではないか、などという奇談が残るほどに。

この物語には、もう一人奇人が登場する。
一九が連れて来た浪人風の男、これも酒好きで奇人の一人。

という三人の奇人に囲まれ、父の何人目かの後妻である”えつ”は諦めたのか開き直ったのか、という状態なので、まともなのは自分だけか、と娘の舞の周辺の騒動の物語。

まぁ、単にそれだけでも結構面白い本と言えるだろう。

NHKの大河ドラマみたいに人気俳優は集めるが、時代考証が無茶苦茶で、現代もののドラマをその時代に当て嵌めただけみたいなものとは違って、何やら江戸の町人を取り巻く風景というものが見えて来る。

単にそれだけでもと書きながら、単にそれだけでは無かった。
十返舎一九が元々は駿河の国の武士として育ったことは一般的に知られていることだが、実はその出生は・・・。
東海道中膝栗毛を書いた真の理由は・・・。
などと未読の方のためにも書けないような、最終顛末がある。

なかなかにしゃれた本である。

きりきり舞い 諸田玲子著 十返舎一九