カテゴリー: 山本幸久

ヤマモトユキヒサ



寿フォーエバー


とっても時代錯誤のような結婚式場。

寿樹殿という名前からして昭和の臭いがぷんぷん。

いや、昭和が嫌いと言っているのではない。
寧ろ平成より好きかも・・・
ただ、少々ずれている、と言っている。

正面玄関の一隅にある「ときめきルーム」だの、ピンクのハート型のテーブルだの・・・それどころか、上空から見れば、建物がハート型。
今どきゴンドラがある式場って・・・。

3階建てで上に行くほど狭くなる、ウェディングケーキを模した形状なのだという。

いやいや昭和全盛期だってこんな恥ずかしげな結婚式場はそうそうないだろう。

外壁がピンク色ってどうなんだ。
夜中にライトアップすれば、まさにラブホテル。

当然ながら、時代遅れの感は否めず、もっとはるかに規模は小さいがデザイナー達がプロデユースしたというフランス料理をメインにする新手の式場にどんどん人気を奪われて行く。

そんな結婚式場で結婚相手どころか彼氏もいない女性がいちゃつくカップルの結婚式の相談にのっている。

なんなんだ、この物語は?とかなり訝しげな気持ちで読んで行くうちに、だんだんとこの時代錯誤の寿樹殿に親近感が湧いて来るから不思議だ。

主人公の女性は、そんな時代錯誤の式場にあって、子供の一時預かり所を併設するプランを企画してみたり、メインの料理が無いなら、新郎新婦の故郷にちなんだ地方の料理をメインにするという毎回料理が変わるプランだとか、いろいろとアイデアを駆使する。

少年が現れて、まだ結婚式を挙げていない父親と母親の結婚式を二人に内緒で準備をしてくれだの、母親をゴンドラに乗せたいだの、お金が無いので模擬式をそのまま結婚式にあててしまうカップルだの・・・。

そんな彼らをここの人たちは温かく祝福する。

そう。この話、本当の祝福を。
祝福するとはどういうことなのかを、ちょっと変わった舞台を用いて著しているのです。

寿フォーエバー  山本幸久 著



床屋さんへちょっと 


「やっとるかね」

それが先代の社長の口癖。
職人で中卒で一から菓子メーカーを築いた先代。

後を継いだ宍倉勲はたったの15年で会社を倒産させてしまう。
二代目として後を継いだ後も先代を慕う社員が多く、一度も会ったことのない若い社員までもがその「やっとるかね」 の口真似が口をついて出てしまうほどに先代の存在は大きかった。

オイルショックの影響があったとはいえ、誰しも二代目と先代との経営者としての才の差だと感じたことだろう。

いくつかの章立てで仕上がっている本で、各章は年代順ではない。
寧ろ年代を遡って行く。

冒頭の賞を読み始めた際には年老いた頑固オヤジと出来の悪い娘の話か、と思ってしまったが、そんな思いはだんだんと吹っ飛んで行く。

章を重ねる毎に宍倉勲という人の人生に対する誠実さがあらわになって来るのだ。

二代目として会社を継いだ時も、倒産をさせてしまった時も、倒産の後の再就職先での仕事においても、どの段階でも宍倉勲という人は誠実で真剣そのものだった。

章が進んで娘が小学生の時、父の仕事ぶりを独占密着取材する、と言って父の再就職先の仕事場へ付いて来た時の話などは圧巻だろう。

その頃からちゃんと娘は父の仕事ぶりを見て来たのだ。
父の言葉を、仕事ぶりを、ちゃんと取材したノートの内容を頭に刻み込んでいた。

そして父は単に平凡で真面目だけが取り柄の人ではなかった。
多くの人から信頼され、慕われる人だった。

娘にはちゃんと伝わっていたし、孫にも。

「さいごまでかっこよかったよ、おじいちゃんは」と孫から言われることは、おじいちゃんには最高の褒め言葉だろう。

各章に必ず一度は床屋が登場する。
それは同じ床屋ばかりではではなく、旅先の床屋、海外出張先での床屋だったり。

その床屋の場面がこの小説のいいスパイスになっているのかもしれない。

床屋さんへちょっと [集英社] 山本幸久 著