競馬の終わり


このタイトルから未来物(SFもの)を想像する人は少ないんだろうな。

西暦2110年代、今から100年後の世界が舞台だ。

自然災害が地球各地を襲い、アフリカは干ばつに見舞われ、東南アジアを巨大津波が襲い、ヨーロッパはイナゴとネズミが大量発生し、農業を壊滅させ、交通機関や通信網などのインフラもズタズタに。
さらに、イナゴとネズミは原発にも押し寄せ、三つの原発で事故を誘発する。
そしてアメリカへはハリケーンが襲い、大都市を掃除機のように巻き込む。
国際金融資本はアメリカから逃避し、株安、ドル安、債権安で経済は失墜。
軍事的にも力を失う。
中国は黄砂による被害程度で自然災害からはまぬがれるが、別の意味で危機を迎える。
人民解放軍がクーデターを起こし、軍政府が出来あがるが軍に二十億にまでなった人民を統治出来ず、軍政府も崩壊し、各地の軍閥化で国は分断される。

唯一、災害からもクーデターからも無縁だったのが、ロシアと日本。
そのロシアが南下して来る。
ロシアはまず中国へ南下し北京、天津を占領するや山東、遼東の両半島を制圧。
広大な領土には全く興味を示さず、次のターゲットを日本に据える。
方や尖閣をとっかかりに九州上陸。
方や宗谷岬に上陸するや南下を始める。
西は京都が占領され、東は東京が占領される。
そして日本は降伏し、ロシアの植民地に・・。

そんな背景の中、サラブレッド育成する牧場主とそこで生まれたサラブレッドの物語が始まる。

この本の出版は2009年10月。

100年を待たずしてほんの1年半後には上の近未来の類似が現代を襲う。
中南米のハイチでも大地震があったかと思えば。
オーストラシアの大洪水。
ニュージーランドの大地震。
アメリカでも季節外れの大雪やミシシッピ川の洪水もあった。
極めつけが3.11東日本を襲った超巨大地震と大津波に原発事故。
その後、アメリカの国債の格付けが下がり、ドル安になり・・・。
と上記の小説の舞台をはるかに先回りした事態が次々と起こっている。

さすがに中国のクーデターは起こっていないが、北アフリカでは民衆のデモから始まる政権転覆が起きた。

この本、そんな近未来を舞台にしながらも何故か競馬というものを題材として扱う。
政治情勢や経済情勢の近未来なんて重たすぎて書けないもんね。

サラブレッドの血筋というものを描くことにかなりのページを割いている。
優良な馬は生き残り、負けた馬は殺される。
優秀なものだけが血統を残す権利が与えられる。
これだけ血筋というものを描くのは、人間もやがて・・・という展開なのか、と思ったが少々赴きの違う方向へ。

サラブレッドのサイボーグ化を政府は推し進めようとするのだ。
人間も「腹脳」と呼ばれる人工の脳の補完機能を開発しており、かなりの人がそれを自分の脳と併用している。

馬をサイボーグ化したり人間の脳の補完機能が出来る技術のある時代に自動車については自動運転機能すらなかったりする。
今でもかなりその方面の技術は進んでいると思うのだが・・。
いろいろと突っ込みを入れていけばキリがないのでやめておく。

馬のサイボーグ化は、いずれ人間をサイボーグ化するための前準備ではないか、とかいろいろ憶測が飛ぶわけだけだが、何と言ってもこの物語。
主役は競馬だ。

サイバーグではない、自分の足で走る最後の代となるであろう年に向けて最高のサラブレッドを育成した牧場主。
そしてそれを強引に買い求めて馬主となったロシアの統括者。
他にも調教師、騎手、皆、ダービーに向けての強い思いがある。

おそらくこの作家、よほど競馬が大好きなんだろう。

競馬の終わり 杉山俊彦 著 第10回日本SF新人賞受賞作品