カテゴリー: ナ行



星を編む

章立てで言えば、大きく分けて3部作。その1部についてのみ簡単にふれます。

主人公は北原という高校の先生。
最初の章では北原先生が研究の道を諦めて高校の教師となり、大病院の院長の娘である女子生徒を深夜補導されそうな時に偶然助けるあたりからストーリーは動き始める。

彼女には付き合っている彼氏がいて、その彼氏がスノーボードの選手なのだ。
しかも並みの選手なら良かったものをそこそこ顔を知られた、世界でも活躍するレベルの選手なのだ、だがそんなことは大病院の院長である父にも母にもいえるはずもなく、いつかは家を出て自立しようと考えている。

彼女を助けてからというもの、彼女の悩み事を打ち明けられるようになり、そのうち、彼女が高校生でありながらスノーボード選手の子供を妊娠してしまった事に気づく。
彼女は親にも言えず、これから世界へ羽ばたく彼の足手まといにならないようにと、彼にも言えない。
特別なお嬢様として級友から見られている彼女には打ち明ける友達もいない。

彼との再会の日、彼女は家を出ようと決心をし、北原先生にだけはそれを伝える。

まずはスノボーの彼にそれを話し、親にも話して、彼女の意向を理解してもらおうと再開の場へ飛んでいくのだが、ファンに囲まれる彼の前でそれをとうとう言い出せず、混乱を避けた先生は自身の子だと彼に言い放ち、早く立ち去るように言う。
おまけに流産しかけた彼女を病院に運び、飛んできた彼女の父親には自分の子供だということにして子供の命を守り、父親からは殴られ、教師も追放となる。

いやはや。
自身の両親は善人で他人に優しくする人で「情けは人のためならず」をモットーに生きてきた人で、自分はその道からはずれたんだ、みたいな事を語りつつも、実際はどうなんだ。
父親が人に優しくする、といったって、お金の工面が大抵で、まぁそれがために主人公氏は大学院での研究を諦める事になるのだが・・。

この先生の場合はお金ですむようなレベルじゃない、自分の人生を捨ててでも、人に尽くしてしまう。

学校の教師を辞めざるを得ないどころか、産まれて来る赤ちゃんも引き取るという超弩級の優しさ。
まぁそれで餓死してしまっては全員不幸だけど、この人はこれが幸せなんですな。
こんな人がいる世の中なら、この世界もまだまだ捨てたもんじゃない。



スピノザの診察室

少し前のNHKのドキュメンタリーで、北陸地方の田舎町での過疎医療を行う診療所の老医師がピックアップされていた。

その田舎町の人全員の医療を受け持つ、ある意味ドクター・コトー的な存在。

老齢化が進む過疎だけに死を看取る事も多い。
まさにこれから死を待つのみという老患者やその家族への接し方が明るく、フレンドリーで悲壮感はこれっぽっちも無い。

こちらの舞台は京都市内。過疎地域とは全く違うが、死に寄り添う医師の話。
かつては大学病院で将来を嘱望された最先端医療に携わるエリート医師だった。
妹が若くして亡くなり 一人残された甥と暮らすために大学病院を辞め、末期患者に寄り添う地域に根差した医療を行う小さな町中の地域病院で働く。

この先生の患者への取り組みを読んで行くにつれ、冒頭のドキュメンタリーを思い出した。

大学病院の先生なら病気を見つけて治すのが医者の仕事だと思っているでしょう。
地域の町医者は違う。
もちろん治る事、治す事が目的の場合もあるでしょうが、ほとんどの場合は、医者の仕事は治すことではなく治らない病気にどうやって付き合っていくのか、ということ。

もう、ダメだろうと諦めかけている患者に対して、この先生は「頑張れ」とも「あきらめるな」とも言わない。
ただ「急がないで」と言う。

ただ、マチ先生と呼ばれているこの先生に看てもらった患者さんなら共通して言えるのは、マチ先生に看取ってもらいたい、ということだろう。



滅びの前のシャングリラ


凪良ゆうという作者、読ませますね。
この本読むの二度目ですが読み始めたら、もう止まらない。

1ヶ月後に地球が崩壊する。正確に言えば地球は崩壊しない。
巨大隕石が地球に激突するらしい。
人類は消滅する。

ネット記事を見た人達はどうせガセだろ、と笑い飛ばしていたが、首相が会見するに至って、どうやら本当なんだと皆、気づき始める。
一か月で皆が死ぬ。

さて、ここに登場する登場人物たちは皆、複雑だ。
学校で虐められてパシリをさせられていたポッチャリさんの少年、友樹。
小学生の時から憧れていた高嶺の花、NO.1美少女の同級生女子に虐められている現場を見られ、世界など滅んでしまえ、などと思ったりする。

方やその高嶺の花の方の同級生女子、雪絵。彼女も女王様のような立ち位置にいながらも複雑な問題を抱えている。養女として今の親に引き取られたのが幼いころ。養父母は彼女に実の親でない事は打ち明けつつも、愛情いっぱいに育てられた。その養父母に実子が埋めれる。養父母は分け隔てなく愛情を注いでくれるのだが、妹の名前が真実の子と書いて真実子。養父母にそういう意図があったかどうかはわからないが、愛情は妹に注がれ、だんだんと居場所がなくなっていく。
そんな時に起きたあと1ヶ月。

東京に住むどうしようもないヤクザもの。正式なヤクザ(組)にも入れてもらえず、便利使いばかりさせられている。喧嘩だけは滅法強い。兄貴分から便利使いで鉄砲玉を引き受けさせられる。そんな時に起きたあと1ヶ月。
実はこの男、いじめられっっこポッチャリ君の実の父親だった。

ポッチャリ君の母親、なんだかんだで一番強いのがこの女性。
あと1ヶ月と言われたって普通に平気で会社へ行こうとしたりする。

あと1ヶ月が宣告されてから雪絵はたった一人で東京へ向かおうとする。人気絶頂の女性歌手のLocoのライブが目的だという。その彼女を守ろうと友樹も東京へ向かう。

そにしてもどうだろう。

日本はこんな無茶苦茶な状態になるだろうか。
車は渋滞だらけ。いったいどこへ向かうんだ?
皆が仕事などやってられるか、となれば、店も開けてられない。物が無くなる。
無放置、無秩序、無政府状態でどの店も襲撃され、物を奪い合うのかあちらこちらが死体だらけって。

地球に10キロメートル超の巨大隕石が衝突する。
地球を救うブルース・ウィリスは存在しない。
しかし、落下場所もほぼ特定されている。南半球のどこかだ。
確かに大津波は来るかもしれない。
それでもその日を持って全人類が消滅するわけじゃないだろう。
その後異常気象は発生するだろうし、何年、何十年先に氷河期が訪れるかもしれない。
作物が取れず、食糧危機は来るかもしれない。
その日にすべての人類が死に絶えるのではなく、死に絶えるかもしれない危機の始まりが来る、という事なんじゃないだろうか。
全ての地域が崩壊するわけじゃないだろうから政府は食糧備蓄を各地に分散させたり、生きるための努力があちらこちらで始まるのが本当なんじゃないだろうか。

なーんて読み方をすると、この話は面白くない。
あくまで、その日で人類消滅、それを全員が信じている前提でないと。

そんな中で不思議な家族が誕生する。
友樹と雪絵と友樹の父親と母親。
彼らはこの1ヶ月をこれまでの人生の中で一番楽しんでいるのかもしれない。

女性歌手のLocoにしても同じく、この1ヶ月はようやく自分を取り戻す大事な期間となる。

滅びの前の1ヶ月だというのに登場人物達は皆、これまでの人生で一番幸福感を味わっている。
なんという皮肉だろうか。

最高に楽しい一冊だ。

滅びの前のシャングリラ  凪良ゆう著