風のことは風に問え -太平洋往復横断記辛坊治郎著
辛坊さん、大変な事をなさったんだなぁ。
あらためて思わされる一冊。
2013年に盲目のセイラー岩本さんと二人で太平洋横断に挑戦し、無念にも転覆と相成り、救助される。
無念の記者会見は未だに記憶に新しい。
その後、「そこまで言って委員会」のメンバーからも辛坊さん、また太平洋行かないの?と事ある毎にひやかされていたが、再チャレンジするとは思っていなかった。
再チャレンジするのに8年もかかってしまったのには、盲目のセイラー岩本さんが太平洋横断を成し遂げるのを待っていたからだという。
2回目のチャレンジでは岩本さんをパートナーとせず、たった一人での挑戦となったのは、岩本さんを気遣ってのことだった。
実際には岩本さんの方がベテランで、辛坊さんの方がキャリアは浅い。
なのに、もし、成功したとしても辛坊治郎が盲目の人を同乗させて成功させたとしか、報じられないだろう、という事への気遣いだった。
この本は船に関しては専門用語がいっぱいで、いくら説明上手の辛坊さんが丁寧に説明を書いてくれたところで、イメージが湧いてこないのだが、その専門用語以外のところは人が活きる上での教訓が詰まっている本だと言っても差し支えないのではないだろうか。
何故、二度目のチャレンジをしたのか。
人間、いつかは必ず死ぬ。100%死ぬ。ならばまだ身体が動くうちにやり残したことが無いようにやり切ってしまおう。この航海をせずに人生の終わりを迎えたとしたら必ず後悔する。
同じ様な事を思った人が居たとして、それが過酷なチャレンジだった場合にそれを貫いて実現してしまう人がどれだけ居るんだろう。
どれだけ準備をしていったとしても、自然の猛威の前では予想外の事がいくらでも予想外の事態がいくつも襲ってくる。絶対に切れないはずのロープが切れたり、それをたった一人で修復したりして乗り越えなければならない。
なんという過酷な冒険だろう。
周囲何千キロメートルに人は誰もいない。自分一人だけ。そんな体験、こういうチャレンジでなければできないだろう。
サンディエゴに着いてから、ホームレスに食べ物の施しを受けそうになる。
髭は伸び放題、髪の毛もボサボサ、よくよく考えれば、それまで食べていたものはホームレスよりもはるかに貧しい。穴倉の様な場所に住んでいるようなものでホームレスの方がよほど健康的な暮らしをしているのかもしれない。
ただ、辛坊氏にには帰るべき家がある。
船の名前にカオリンなどと言う名前をつけたりするのも奥さんへの愛情があふれている。
出航直後から、遭難の危機に何度も襲われ、その都度、自分の才覚でそれを乗り切って行く。
無事にサンディアゴからの復路も終え、たった一人での太平洋の往復をやり遂げた辛坊氏。人生のやり残しをやり遂げたわけだ。
もう思い残すことはないのだろうか。
いやいや、本人がこの本で語っている。
もう一度、太平洋横断に挑戦すると。今回よりもはるかに上達しているはずだ、と。
今や、観測史上初などという異常気象が当たり前になった時代である。
これまでの当たり前が当たり前じゃなくなって来ているかもしれない。
もし、再度のチャレンジがあったとしたら、くれぐれも万全の準備とご無事の航海を願うばかりだ。