聖痕


これがあの筒井康隆の文章なのか?
とあまりに古い文体に少々驚いてしまう。

生まれた時からの美貌の持ち主が主人公。
幼稚園に入る頃には近所でもその美貌は評判で、どこへ行っても「まるで天使みたい」と言われる彼。
その美貌ゆえに女性ばかりか、男性も惹きつけてしまう。
幼稚園に入るか入らないか、ぐらいの年頃の時に、その美貌をなんとかものにしたいと思う大人の男に押さえつけられ、おちんちんを切り取られてしまう。
出血多量で生命さえ危ぶまれたが、なんとか縫合して命は助かる。
その縫合のあとがタイトルの「聖痕」だ。

それ以降彼の男性としての機能が無くなり、二度と男性ホルモンは分泌されない。
会社を築き上げた祖父は、後継者として成り立たないのではないか、という危惧と同時に近隣にその事実が悟られないようにすることを第一義に考え、結局、早々に引っ越しをして新たな幼稚園に入園させる。

やがて彼は成長し、勉強も音楽も運動も出来、皆が振り向くほどの美貌を持つ。
なんでも持っているのだが、唯一男性機能だけは持っていない。

それがばれないように、修学旅行やクラブの合宿やというものには一切参加出来ないのだ。

満員電車に乗れば男性の痴漢が寄って来る、女性客が助けてくれて守ってくれたりする。

性欲やら喧嘩などの腕力には縁遠い彼だが、食欲だけは人並み以上。
幼い頃から祖父や祖母に超一級の店へ何度も連れて行ってもらったためか、味覚は一級品で、自身でも学生時代から料理を作らせれば、一級品の腕前。

ちょうど、時代は現代をなぞり、バブル期もバブル崩壊も経て、最後にはあの東日本大震災の時を経るまで続く。

そういう意味では新しい本なのだが、文体がまるで明治時代。
会話の括弧でくくることなく、その古い文体の中に溶け込んで書かれるという変わった手法で書かれている。

この本だけは、文章というもので書かれた本という媒体でしか味わうことが出来ないだろう。

こんな美貌の男性など現実界では想像出来ない。

どんな役者にやらせても、そりゃないでしょう、と言われるのがオチだ。

聖痕  筒井康隆 著