アキハバラ@DEEP石田衣良


痛快なお話です。
「若さ」と「失うものの無い者」の強みです。
この「若さ」とは実年齢には比例しないでしょう。
こんな事が実現出来ないか、あんな事が実現出来ないか・・「若さ」は途方も無い事を考えます。

「そんな事出来る訳がないしー」と思うのは世の中の事を知ってしまった熟年層の専売特許ではないでしょう。
実年齢は若くとも何事にも興味を示さない方々も大勢いらっしゃる。

アキハバラを愛し、どこかに障害を持ち、少々おたくな面々、アキハバラ@DEEPは何に目をつけたのでしょう。
AI型のサーチエンジンというものに目をつけたわけであります。

その母体ともなったのがユイさんのなんでも相談サイト。
クルークの産みの親がアキハバラ@DEEPなら、彼らのメンバを引き合わせたユイさんのサイトは更にそのアキハバラ@DEEPの産みの親。
これが、チャット形式でユイさんも睡眠時間があるだろうに、24時間いつチャットに書き込んでも、返信が返って来るというサイト。

なんとその裏にはAIソフトを組み込んでいたと言うのです。

物語の中では、「オウム返しさせるだけでも安心する・・」と単純に「オウム返し」という表現で軽く扱われていますが、

「ニューデリーでは今日もゾウが降っていますか?」という質問に対して
「ニューデリーでは今日もゾウが降っていますか?って言ったの?」と返すのと、
「ニューデリーにゾウが降るか?って言ったの?」と返すのでその返信作成のプログラムには100倍以上の差があるでしょうし、

「ヒトが卵から孵化するのにかかる時間は?」という投げかけに対して
「ヒトが卵から孵化するのにかかる時間は?って言ったの?」と返すのと、
「ヒトが卵から孵化することってあるかしら」と返すその返信作成のプログラムには、
1000000倍以上の差があるのでは無いでしょうか。
本当にオウム返しさせるだけで同じ言葉をなぞって、「・・・」って言ったの?「・・・」って聞いたの?と返す分には、疑問系であるかどうかだけの判断だけがつけばいい訳ですが、これはそうではありません。前者の場合、言葉を書き替えて返しています。
後者になると、これはもう「孵化する」という日本語を理解していなければならないし、人は卵を孵化するという事をしない、という事まで理解していなければならない。
少なくとも幼稚園児以上の知識と知能を持っていなければこの受け答えは出来ないでしょう。
既に人工知能と呼んでも差し支えなかろうと思います。

そこまで進化した人口知能を開発したのであれば、他への流用をすればいくらでもニーズはあったでしょう。
孤独な独身者のために、「お話の出来るポット」
主婦のお話相手に「お話の出来る冷蔵庫」
「お肉を入れようかな?」「最近ちょっとカロリーを採りすぎじゃないの?」
「お話の出来る掃除機」
「あーあ毎日お掃除ばっかり」「そこは先ほど掃除した場所じゃない。もっと隅っこも掃除しないと・・」
「お話の出来る洗濯機」
「ウールと一緒に洗ってもいいよね」「ウールかどうかの前にその泥だらけのシャツは別にしてよ」・・・
お話の出来る家電製品。家電メーカーが飛びついて来そうですね。

カーナビに組み込んだって、今の「100メートル先左です」という単調な事しか言わないカーナビと違ってコミュニケーションの出来るカーナビが生まれる。

しかしてわれらのアキハバラ@DEEPはそんな事には一切興味を示さずに検索エンジンの開発に取り組む。

さて、この検索エンジンなのですが、どうも我々の様な並みの頭の持ち主にはどうにも理解しかねるのです。

検索エンジンそのものが各々の連想やら発想を持つ優秀な機能があったとしましょう。
ここでは当初4つの発想(人格なのかな)を与える事になっています。

「連想」というものをシステムに取り込もうと言う発想でシステム開発を行った会社を知っています。

興味を持ってたまたまその会社の開発の一員が知り合いでしたので、見せてもらった事があるのですが、連想ワードを登録するところからはじまる、という事でまだ、ワード未登録のシステムを見せてもらいました。
「連想」をコンセプトにしたシステムで連想ワードが未登録というのはOSも何もインストールしていないコンピュータに等しいですね。
結局、その連想システムが最終的に何を目指し、何を生み出すためのものなのか、そのコンセプトの在り処もさっぱりわからず仕舞いでした。
説明してもらった相手が悪かったのでしょう。

「卒業式」→「蛍の光」
「入学式」→「桜並木」
一般的に連想というのはこういう類の事ですよね。
時代時代によって、連想するものは変わりますでしょう。
「和歌山」で連想するもの
ある時は「談合知事」ある時は「世界遺産」ある時は「カレー事件」・・・
「卒業式」で検索をかけると「蛍の光」での検索結果が出て、
「和歌山」で検索をかけると検索エンジンの4つの人格によって「カレー事件」での検索結果が出たり、「那智勝浦」の検索結果が出るのでしょうか。

「和歌山 世界遺産」で検索をかけた方がよほど手っ取り早い様に思えなくも無いのですが・・。

そもそも一人に一つの検索エンジンという発想と4つのAI、検索エンジン側が個性を持ってしまう事とは相容れないものでは無いかと思うのであります。
AIが主体性を持つのであれば、ユーザー個々のエンジンでは無く、あくまでエンジン側が主体のものとなるでしょう。

ユーザー個人の個々のエンジンというものを実現するのであれば、まさしくわれらがアキハバラ@DEEPの敵にあたる成金型急成長買収企業のやり方が相応しく、自社の会員になったものにだけ使用させ、その中でもエコノミークラス、ビジネスクラス、ファーストクラス、プラチナクラスなどの階層を設け、プラチナクラスには会員のID毎の検索履歴を全てデータベースに残し、そこからより探したいサイトを選別するソフトにする。

一般で誰にでも使用してもらえるエンジン、それは100万ユーザーのちのちには何千万から億のユーザーに使ってもらえるものになろうと言うのに個々のアクセス者毎の記録などをサーバー側に溜め込んで置くなどは不可能でしょう。
成金型急成長買収企業というのも危険ですけどね。そういうところはしょっちゅう個人情報を漏洩してしまっていますから。個人の検索エンジンでの検索履歴などはその個人の生年月日や住所や電話番号よりももっとプライバシーに近い情報となるでしょうし。

個々のユーザーにとって「自分だけの」というものを作るのであれば、情報はサーバーに溜め込むのでは無く、各自の端末の Cookie に溜め込んでおいてもらうしかないでしょう。
各自には常にCookieを開いて頂く必要がありますが、検索したキーワードや辿り付いたサイト情報を全部何らかのキーに変換して各自の端末にお持帰り頂く、次にアクセスして来た時にはその情報から、見つけ出すサイトを絞り込んで行く、そんなところでしょうか。
Cookieという概念をご存知無い方でも、とあるサイトへ訪問する都度、「三日ぶりですね」とか、「ようこそ@@@@さん」(@@@@はハンドルネーム)の様なサイトにはめぐりあわせた事があるでしょう。あれは自分で前回いつ、そこのサイトを訪問したのか、自分のハンドルネームを@@@@として残して来た事などを、ご自身のPCに持ち帰っているわけでして、次回に訪問した時にその情報をまず与えて、そのサイトがそういうお出迎えをしてくれているわけです。
ですから、Cookieの情報をPCから削除をしてしまうと次回に訪問しても「はじめまして」になるわけです。

少々余談が過ぎましたでしょうか。

作者はロボット型の検索エンジンの場合、一つのキーワードで検索するとあまりに無用なサイトがひっかかって来る、そこをAI型の検索エンジンが解決する、そしてロボット型とAIの組み合わせで、各自のエンジンを持つというコンセプトを打ち出そうとされておられますが、「検索」のボタンクリックで世界中のサイトを探しまわっていたのではいくら待っても検索結果は返って来ませんでしょう。

ロボット型というのは常にありとあらゆるサイトを探しまわった結果を一旦データベースに溜め込んでいるのです。そのデータベースとのやりとりですから、検索結果のレスポンスは早い。

それに有用なサイトかどうかその文字列がたまたまひっかかったからといって、エンジンに載せない機能を持たせるのであれば、サイトを読み込んでそのサイトのコンセプトが何であるかをエンジンに判断させる必要があります。

それも世界を相手にするのですから、日本語サイトなら日本語を読み込んで検索主旨そぐっているかどうかを判断。英語サイトなら英語を読み込んでの判断。ドイツ語サイトならドイツ語を・・・とてつもないエンジンですね。

それを子供のプログラマーにさせてしまうところにこの物語の面白さがあります。

成金型急成長買収企業にこの画期的なエンジンをハードディスク毎奪われた後に奪回する作戦も、まさにアキバハラおたくには「ありえねー」世界なのであります。

格闘技美少女と少年とおたく少年が、格闘家をガードマンとしてヤマほど雇っている成金型急成長買収企業へ真正面から乗り込んで、電磁波の流れたパンチでなぎ倒して行く。
まさに大昔の東映映画、高倉健さん、菅原文太さんの世界の殴り込みの世界なのであります。
この作者はアキバハラが大好きな人なのでしょう。
そのアキバから言えば「ありえねー」世界の連続なのであります。

成金型急成長買収企業のサイトに対してDOSアタックの様なプログラムを仕掛けて業務停止に追い込んでしまう、とか。
いくら、発表まで秘密にしておくと言ったって、そこはWEB上で動かすもの。いつまでも設計室の中だけのスタンドアロンでテストが出来るわけもなし。
どこかのタイミングで社内イントラネットでの動作検証もされるでしょう。
そのタイミングを見てのハッキング攻撃とか・・いろいろと想像していたのですが、一番考えられない手段で報復攻撃にうってでました。

痛快なお話です。

「若さ」と「失うものの無い者」の強みです。

「そんな事出来る訳がないしー」なんて事はうむとも言わせない。
この文章は作者を批判している様に見える箇所もあるかもしれませんが、とんでもない。
最近リアルな話にうんざりしていたところなのです。

それと私も技術者の一人としてどうしても実現性というものを考えてしまう習性が出ただけの事です。
自分はいわゆる業務アプリケーションと呼ばれるシステムを専門に作っています。従って物語の中に出て来る様なコンテンツ系は専門外。
まして検索エンジンともなると自分の所属する会社では他所の借り物のエンジンを据えて、人手を割いて登録作業を行ってその見返りは何も無い。
何かよくわけのわからない事をしているわけですが、自分も自分の所属する会社の一員も何か画期的なモノを作ってやろうという信念は常に持っているつもりがなかなかそこまで至らない、と言うよりも自身は画期的なモノを作ったとしても使うのは特定ユーザーですので画期的と判断してもらえない。それが裏方としてのシステム屋の仕事と認知しているだけの話です。

この作者は良い意味での「若さ」を持った方なのでしょうね。

この作品を本にし、映画にまでしてしまう。

若いって素晴らしい!

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