キノの旅


キノという若者が相棒のエルメスと一緒に旅をするお話。
相棒のエルメスというのはてっきり人間だとばっかり思っていたら、「モトラド」と呼ばれる二輪車:話すことの出来るオートバイみたいなものだった。

キノは一つの国での滞在期間は三日と決めている。

その一つ一つの国の三日間が小編として一話、一話のお話になっている。

国とはいってもその規模は集落といった単位だろうか。

なんだかとても不思議な世界。
新しいグリム童話みたい、ってちょっと表現が違うか。
旅という要素を取ってしまえば、星新一のショート・ショートを彷彿とさせる様な小編もある。

物語それぞれにアイロニーが込められている。

人の痛みが分かるというのは良いことのはずなのだが、人の痛みが、人の気持ちが、分かりすぎるのも考え物といったところなのだろう。「人の痛みが分かる国」

多数決というのは民主主義の基本のような話だが、それがエスカレートしてしまうと・・・と多数決を皮肉った「多数決の国」、ま、でもこの内容は多数決の皮肉というわけでもでもないか。

キノとエルメスの出自はここに有った。「大人の国」

平和、平和とはなんだろう。最も貴重であることの平和。
平和を維持するためにはその代償としての犠牲が不可欠なのだ。「平和な国」

それぞれがなんとも逆説的で面白い。
そこまでの意図など毛頭もないだろうが、エセ平和にエセ民主主義という戦後の日本の姿を皮肉ったと読めないこともない。
一巻目は全く期待もせずに読んだので、思ったより面白かったという評価変じて過剰な評価をこのシリーズ本に与えてしまったのかもしれない。
シリーズ、二巻目、三巻目、四巻目・・・と読み進んではみるうちに、確かにアッと言う間に読めてしまう軽さ、それなりの面白さはあるのだが、毎回「xxxの国」からこちらが勝手に期待してしまうようなアイロニーから言えば、少々物足らない。
◆「差別を許さない国」、これなどはさぞかし痛烈なアイロニーが込められているんだろうな、と言う過剰な期待からは大幅にはずれてしまったし。
まぁそれはこちらが勝手に期待した事なので、作者にも出版社にも責のあることでもなし。

◆「同じ顔の国」・・・これなどはなかなか新鮮かもしれない。と敢えて内容には触れない。
◆「仕事をしなくていい国」・・・これ、現実にこの地球上に存在しますよ。
本の中の仕事をしなくていい国とは少々意味合いが違いますが、中東の石油産油国の中にあるドバイという国がまさにそう。
国民は全く働かなくても構わない。
働くのはインドや東南アジアから出稼ぎに来ている外国人のみ。
税金を払う必要も無し。家までも国から提供される。

そしての中心にあるドバイという都市は砂漠の中に誕生したまさに夢の都市。
この夢の都市でも今や世界規模で拡がりつつある雇用不安の波が押し寄せ、出稼ぎ労働者に解雇の嵐だとか、いったいどうなってしまうんでしょうねって、いつの間にか本の話題から逸れてるし。

第一巻目の中の「レールの上の三人の男」という話、途中からだいたい先が見えてしまうのですが、こういうショート、ショートってなかなか面白い。

人間に与える苦痛の中で一番辛いものは何か、ひたすら穴を掘らせるだけ掘らせ、それを何に利用するでもなく、次にはひたすら埋めさせる、その行為の連続だという。
でもそれは自ら掘った穴を自ら埋めているからこそ感じる虚しさであって、自分はひたすら掘るだけ掘ってそれは誰かの役に立つと信じ、その後で誰かが埋めるだけ埋めていたとしても、それに似たようなことというのは存外に社会の至るところに存在したりして。

キノの旅  時雨沢恵一 著