絶望ノート歌野晶午著
思ったよりかなり読み応えのある本だったのに驚いた。
冒頭から読み始めた時には、うーん、中学生のいじめに関する日記を延々と読むことになるのだろうか。などと嘆息してしまったのにも関わらず。
本の半分以上は中学生の日記、都度都度でその周辺の人たちが語り部になっている。
その半分に及ぶ中学生(主人公)の日記だけでも充分読み応えがあるのだ。
中学生の日記というにはあまりにも饒舌で表現豊かで、ってそれだけでもぐいぐいと引っ張られる。
ストーリーの合い間に書かれている世の中に対する批判めいた文章もなかなかに切れ味が鋭い。ビールの消費量を東京ドームの何杯と表現するメディアについて何杯分と言われたって実感が無いじゃないかと。それを不思議に思わない連中も無自覚だと。
そりゃそうだ。
ジョン・レノンと誕生日が同じで育った境遇が似ていて、ジョン・レノンをそのままCOPYしたような生き方をしようとする父。
母の名は瑶子。そして息子である主人公の名はなんと照音(ショーン)。
苗字が太刀川なので、あだ名はタチション。
バンドとして成功しなかった父は音楽の才能ばかりか、こつこつと働くという才能も無かった。
だから、仕事を辞めてまたまたジョン・レノンを真似てハウス・ハズバンドとなっている。従って父の収入は0。そこはあくまでもCOPYであってジョン・レノンではないから。
おかげで一家は貧しい。
照音の家にはゲーム機も無ければパソコンも無い。携帯も無い。照音は同級生から執拗ないじめを受ける。
なんかよくありそうな話だ。
方や「夢を持て」と言いつつ、将来なりたいものが小説家なら、もっと現実を見ろ、という教師。何の期待も持てない教師。これもよくありそうな話だ。
そのよくありそうな話がよくありそうでない話にどんどん展開して行く。
照音は、石を拾って来て、自ら作り出したオイネギプトという神が宿っているものとしてひたすら祈る。
その神である石がこの本の表紙に使われている石なのだろう。
絶望ノートとはいじめられている中学生の日記なのだが、ある意味デス・ノートの様な側面を持っているのだ。
それ以上突っ込むとネタバレになってしまう。
教訓その一。
言葉で言い表すよりも文章、しかも隠れて書いている日記という文章には説得力がある。
本当かなぁ。日記ってそんなに信憑性のあるものなのかなぁ、などと思ってはいけない。
いじめをひたすら隠す子の日記には真実があるものなのだ、あるものなのかもしれない。
いけない。いけない。
この本をネタバレ無しで紹介するのは非常に難しい。
教訓その二。
「中学生はこわい」
ぐらいの言葉でしめさせてもらおう。