ばんば憑き宮部みゆき


もののけ、怪異、そういう話のようでちょっと違う。

強い恨みの念を抱いた亡者のことを「ばんば」というのだそうだ。

江戸の小間物屋の若旦那と若おかみが箱根へ湯治へやってきた旅の途中の宿で相部屋になった老婦人。
若おかみが酔っぱらって寝入った後に、若旦那は老婦人から昔語りを聞くことになる。

その老婦人若き頃、これから夫婦になろうという新郎新婦が居たそうな。
その新郎を片思いで思い続けた女が新婦を刺して亡き者にしてしまう。
「さぁ、これであなたは私と一緒になれる」
とんでもない思い込み女なのだが、事情があって代官所へ届けるわけにもいかない。
では沙汰やみにしてお咎めなしか、というとそうではない。
その村ならではの解決策があった。
その強い恨みの念を抱いた亡者が自分を殺めた人の身体を乗っ取って、その人の魂を追い出してしまう。
それをとり行うことを「ばんば憑き」とその村では呼んでいる。

死者が勝手に乗っ取るのではなく、周囲がその儀式をとり行うのだ。
だから、もののけ、怪異、妖怪とは違って、寧ろ生きた人が、死者から魂を復活させて犯罪者の魂を追い出して入れ替わるように取り計らう。

追い出して入れ替わった後は、元の新婦が別の顔、身体でそこに居る。

顔が違うので結婚式はささやかに身内だけで。
その後もなるべく外へ出ないように、静かに暮らさねばならない。

そうして子供も三人生まれて、新婦(いやもう新婦ではないか)の親は喜ぶが、本当に喜べるのか?
子供へ渡った遺伝子は亡き娘の魂からではなく、やはり犯罪者の遺伝子だろうに・・などと思ってしまうが、江戸時代の話。
もとより遺伝子などという概念は無い。

跡取りが無事出来た後、女はどこへともなく姿を消したのだという。

そんな不思議な話を老婦人から聞いた小間物屋の若旦那。
その老婦人の正体とは?と思い至る。
そしてその後、そのばんば憑きの話を若旦那は役に立てたのだろうか。

その他小編が五編。
「坊主の壺」
「お文の影」
「博打眼」
「討債鬼」
「野槌の墓」

なかでも「博打眼」とか「討債鬼」などというのはおもしろい。

「博打眼」と契約を交わし「博打眼」の主となるととたんに博打には負け無しとなるのだという。
博打で勝ったお金は放蕩して使い尽くさなければ、悪気にやられて死んでしまう。
また、放蕩して使い尽くす生き方をすれば身体を壊してやはり短命になる。
こういう「博打眼」を扱った民間伝承でもあったのだろうか。

「討債鬼」とは、人に貸しを作ったまま亡くなった者が、その貸しを取り立てるためにこの世に現れるというもの。
これは話しの流れからして、どこの宗派かはわからないが、お坊さんの説法に出て来る類の話なのだろう。

いやはや宮部みゆきという作家は、実にいろんな引き出しを持っておられる。

ばんば憑き 宮部みゆき 著   角川書店

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