姑獲鳥の夏京極夏彦


京極夏彦という作家の本は、‘読んだ’ことはなくても、書店で‘見た’ことのある人は多いのではないだろうか。

本屋の文庫コーナーにある、ひときわ分厚い辞書のような小説。
彼の小説(特に京極堂シリーズと呼ばれるもの)は1000ページ前後の作品ばかりである。
驚くべきはページ数だけでない。
こんなにも長いストーリーでありながら、無駄な文章が一行たりともないことだ。
一言一句すべてが、謎を解決するのに不可欠な内容ばかりなのである。

そんな彼の作品の中でも何年かに一度読み返したくなるのが、デビュー作である「姑獲鳥の夏」だ。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と言う中禅寺秋彦(京極堂)。
梅雨も明けそうなある夏の日、関口巽は巷での噂について、意見を求めに京極堂へ向かう。
その噂とは久遠寺家についてであり、「二十箇月もの間子供を身籠っていることができるのか」というものだった。
ふたりはこの奇妙な話について問答することになる。
これをきっかけに事件に巻き込まれていくのだ。

また、その噂が他の複数の事件とも関係していたことが判明する。
久遠寺家の一件以外にも嬰児死亡事件など、同時進行でそれぞれの事件が展開していくことになる。
こんなにも事件が広がってしまって、果たしてどう収拾がつくのか。
予想が立たない展開が見ものだ。

シリアスな物語なのかと思えば、中盤からは、人間を一目見るだけでその人物の過去や記憶が見えるという探偵・榎木津礼二郎の登場で空気が明るく一転したりする。
関口・京極堂・榎木津の付き合いは戦時中から続くものであり、事件の謎も気になるところだが、彼らの変わった形の友好関係にも注目だ。

最後まで読者を飽きさせない作品である。

充足した内容なのに、読んでも読んでも減らない膨大なページ数。本好きにとってこんなに幸せなことはない。

姑獲鳥(うぶめ)の夏 京極夏彦著 講談社文庫