ゴールデンスランバー伊坂幸太郎著
ケネディ暗殺事件、20世紀最大の謎めいた事件かもしれない。
暗殺直後に逮捕されたオズワルドは逮捕後の移送の際に周囲を取り囲んだ報道陣と野次馬の中から飛び出したケネディファンと称する野次馬の一人に撃たれて死んでしまう。
暗殺犯が殺されてしまえば、その背後関係の調査のしようもなく、事件は闇から闇へ。
それでも多くの人に疑問を残したのは、証拠物件が一切公開されず、組織的な証拠隠滅が行われたのではないか、という点。
オズワルドが狙撃したと言われる位置からと実際の銃弾が流れた角度がどうも違うのではないか、という映像による告発。
外国犯人説にはソ連説犯人説があるが、国内にて情報を操作出来る立場の組織が何らかの形で関わっていたであろうと誰しも思う。
この事件は事件直後からもその後40年以上経過した現在に至るまで、オズワルドの犯行、もしくはオズワルドの単独犯行という当局の発表を鵜呑みにしている人がほとんどいないだろう。
何らかの国家陰謀説がささやかれながらもずっとその真実は闇に隠されたままなのである。
そんなケネディ暗殺とそっくりの舞台をしたてたのがこの「ゴールデンスランバー」である。
宮城県出身の首相が仙台にてパレードを行う最中に何者かによって操縦されたラジコン爆弾にて暗殺されてしまう。
一国の指導者に対する暗殺。
まだ若く将来を嘱望されていた指導者であった。
双方パレードを行っている最中の事。
パレードが当初予定のコースから急に変更された。
近所に「教科書ビル」という同じ名称のビルがあり、犯人はそこから狙ったとされる事。
容疑者がかなりのスピードで特定された点。
・・・
ケネディ事件をまんま日本の首相に置き換えて再現したかの様な物語である。
ただ、異なるのはオズワルドが速攻で捕まり、また速攻で射殺されたのに比べ、「ゴールデンスランバー」のオズワルドこと青柳は逃げる。逃げて逃げて逃げまくる。
もう一つの新しい視点は、セキュリティポッドなる機器が街中取り付けられ、方や監視カメラの役割りを果たすと共に携帯の送受信情報もそこから吸い上げられる、という「ザッツ監視社会」のあり様。
これには賛否両輪があるだろうが、9.11以後のイスラムへの反撃以降というものテロに悩まされたイギリスの監視カメラの設置は百万台を突破したという。
至る所に監視カメラが設置されたロンドンでも、市民はテロに悩まされるよりはまし。安全には代えられない、と好意的なのだそうだ。
カメラ導入以後、犯罪発生率が1/4に減少したという好意的な話も流れている。
それでもこんなセキュリティポッドみたいな機械を操る側がもし、犯罪に手を染めたとしたら、情報は取り放題、逆に情報操作をする事も容易に行えてしまう。
その情報操作によって、無実の青柳を真犯人として作り上げて行く。
一党独裁の独裁国家ならこんな手の込んだ小細工も一切要らないだろう。
手短かなところにいる人間をしょっ引いて、ハイ、あなた死刑。
以上終わり。
そんな一党独裁の統制国家なら別だが、どれだけ情報操作をしようたって、所詮は生身の人間が関わること。
オズワルドの様に速攻で処分されない限り、作られて行く情報に携わる人の数も増え、その中から綻びも生じるのではないだろうか。
無実の青年を暗殺者に仕立て上げることに内心、良心の呵責を持つ者も出て来るだろうし。
事件後にそんな良心の呵責を持つ者をどんどん消去行く、ということなのだろうが、どこまで人の口に蓋が出来るものだろうか。
この物語、日本のオズワルドを描きながら、いくつもの盛りだくさんのテーマを読者に投げかけている。
その一つが上に書いた監視社会のありよう。
虚から真を作り出す映像というもの。テレビというメディアの作り出す嘘。
またユニークなキャラクターが何人も登場する。
ロックなものを愛する宅配業の先輩。
病院で過ごしながらもマンホールや下水道、雨水道に詳しい保土ヶ谷という男。
「ちゃっちゃと逃げろ!」という父親。
そして学生時代の親友であり森の声が聞こえるという森田森吾。
「オズワルドにされるぞ」
「とにかく逃げろ!」
「人間の最大の武器は、習慣と信頼だ」
やはりなんといっても学生時代の仲間との信頼関係が一番あたたかい。
たった4人だけのサークル。
その昔からの仲間との信頼を繋ぐBGMがビートルズの『Golden Slumbers』
Once there was a way
To get back homeward
Once there was a way
To get back home
この本、一旦終わりまで読んだ後に再度、「事件のはじまり」から「事件の視聴者」、「事件から20年後」という冒頭の三節を読んで見てはいかがだろうか。
当事者側からの事件を読んだ後、再び世の中からはどう見えていたのかを読み返してみる。
あらためてなるほどなぁ、と思えるところが出てくるだろう。