嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 入間人間


読み始めて第一感、西尾維新っぽいかな?と思ったがそうでも無かった。

作者があとがきで自ら述べているように、まさに「書き散らし」た言葉遊びのやり取り。作者は山ほど書き散らかしの言葉遊びを溜め込んでいたのではないだろうか。

あらかじめストーリーありきだった様には思えない。
書き散らかしの山から削って、拾ってを繰り返す内に体系だって来たものを後からストーリー的なのものに嵌め込んで行った、その結果の成果物のように思えてしまうのは何故だろう。

物語としてはまりに救いが無い。
あまりにも壊れすぎている。
心が壊れているという表現は語弊を招くだろうか。

とある田舎町で立て続けに発生している連続殺人事件と一つの小学生の失踪事件。
連続殺人の方は単なる殺人ではなく惨殺という言葉を使うような殺人ばかり。
なんの取り柄もない田舎の町が全国区になったのは8年ぶり。

その8年前に発生した誘拐事件の被害者が主人公のみーくんとまーちゃん。
そのまーちゃんが小学生を監禁している。
話はそこからはじまる。

そこからはじまるがストーりーそのものは先に書いたように救いがないのでふれない。

荒っぽい言葉遊びだけに明け暮れている様にも思えるが、存外な面も覗かせる。

例えば、無意識という言葉を作者は「ムイシキ」とカタカナ表記する。
会話ではもちろん感じないが、文章では「無意識に○○をした」と「ムイシキに○○をした」では伝わる語感が違う。
意識が無い状態で行ったのではなく、何気なく行った行為について「無意識」という漢字をあてることを回避しているあたり、案外この作者は言葉表記を大切にしていないように見えて大切にしているのではないかと思わせる。

作者のペンネームも変わっている。入間人間。

作風からしてあの宮崎某が起こした連続幼女誘拐殺人事件の舞台となった入間川をもじったのではないか、などと考えてしまったが、それはおそらく考えすぎなのだろう。