眠る魚坂東眞砂子


これはひどい。本当にひどすぎる。
東日本大震災後の被災地のことではなく、この本のこと。

反原発なり、脱原発の立場ならそういう立場で論陣を張るのであれば、それはそれで潔いだろう。小泉純一郎氏の様に。

食堂やら居酒屋で、わざわざ西日本で採れただろう作物を選んだり、これは輸入ものだから大丈夫、と一人ごちている分にはそれはそれで個人の選択の問題だろうから好きにすればよろしいだろうが、原発容認の側の立場の人にも「福島や三陸沖の海産物を食べなければすむことだ」などと言わせているのは意図的なのか無知なのか。震災に遭った、津波に遭ったという以外はほとんど無関係な三陸沖までエリアをひろげて、ほとんど東日本で採れたものは全て汚染されている、と言わんばかりの記述。

あの事故以来、福島どころかそれ以外の農家さんたちも海外どころか国内の風評に耐えながらどれだけ念入りな放射能検査を経てようやく出荷にこぎつけているのか、ものを書く人なら現地を取材してから書いて欲しいものだ。
福島や近隣の農家さんがこれを読んだらどんなに悔しい思いになることだろう。
インターネットでどこからか仕入れた風評ものだけを頼りに登場人物に言わせているなんというのはもはやプロの物書きのする仕事とは言えないだろう。
漁業関係者ももちろん読めばさぞや悔しい思いになるだろう。

農作物やらの食べ物のことだけではない。
急に死んだ人が多くなった。
がん患者が増えた。子供の下痢や鼻血が止まらない例が増えた。・・・だのを他の登場人物に言わせるなら、せめてちゃんとした統計数値を出展の併記をどこかに書くべきところだろうに、そうはせずに「憲法九条が改正された今」などと未だ実現もしていないことも併せて書くことで、敢えてこれはフィクションなのですよ、というアピールも忘れない。
なんていう卑怯なやり方だろうか。

そもそもこの人、日本と日本人がかなり嫌いらしく、日本人には個性がないだの、いたるところに日本人の悪いところを書き並べてくれている。
「身体に気をつけて」「ご自愛下さい」などという言葉についての
日本という共同体に囲い込もうとする力が裏で働いているのだ、などと述べているくだりにくるともはや「呆れ」しか出て来ない。

そんなに日本人であることが嫌いなら自ら日本人であることをやめてくれりゃいいのに。
ご自身でいろいろな国へ放浪出来たりするのは日本国のパスポートの力があればこそ、というところの日本のおいしいところだけは、ちゃんとご存じということだろうか。
そんな嫌いな嫌いな日本であっても歯医者はやっぱり日本で見てもらうし、日本製品は性能がいいから、と海外逃避を計る前にしっかり買いだめをする、やっぱり悪口は言うが、おいしいところだけは、ちゃんと利用するって、ことか。

この著者は今年この本の出版直前に亡くなったらしい。

となれば、この文章も死者に鞭打つことになってしまうので、あまり気持ちの良いものではないが、有名ではないにしろ一応直木賞受賞作家だ。
亡くなったことでの遺作としてのみの受けを出版社は狙ったのだろうか。
だとすれば出版社不況に追い討ちをかける愚行だと言わざるを得ない。