カテゴリー: ハ行



ギフトライフ


近未来小説。日本の人口は減少し続け、3600万人台へ。
西暦何年の想定かはわからないが、内閣府の推計の今から100年後の4000万人台前半よりもさらに少ない。

都市以外ではほとんど人は住んでいない。
九州に至っては、今よりひどくなる一方の台風の影響で人口減少によらずとも人が住めなくなり、人が暮らしているのは福岡の一部のみ、という有り様。

現代日本が問題と捉えている問題、少子化、高齢化、リスキリングによる雇用の流動化などなどを解決しようとしたら、こんな社会になった一例みたいな話。

人々はポイントにより、管理され、子供を持てばポイントは付与される。
年老いて、介護に頼らざるを得なくなる前に安楽死を選択し、子供たちにポイントを残そうとする。
人は二つ三つの会社に掛け持ちで務めるのが普通になり、雇用も流動化しているのだろう。
リニアは福岡まで走り、自動運転の車からは引っ切り無しにCMが流れ、映し出される。
GPSにて位置を管理される車はのが当たり前。

安楽死は老人のみだけではなく重度の障害者に対しての生体贈与という制度もある。
生体贈与に関しては父親が同意すれば、自動的に本人も同意したことになる。

この本、「ディストピア」として紹介されていたが、どうだろう。

かつてジュール・ヴェルヌが描いた未来小説で『二十世紀のパリ』という話がある。
科学万能主義が支配し、文化や芸術は金銭換算でのみ評価され、政治も世襲政治家によって占められ、世の中を動かす巨大な計算機が街を差配し。地下や高架を走る鉄道・・・ヴェルヌの生きた19世紀にては、およそ考えられない世界、荒唐無稽な話だからこその「ディストピア」だと思うのだが、100年に1度と言われる台風、線状降水帯等の大雨が毎年の様に発生する昨今。少子高齢化の波はもう待ったなしのところまで来ている昨今。

この本にあるような世界は今後の世界の一つの選択肢なのかもしれないが、政府がこのようなポイント制度を設ける事はないだろうが、一部の話はそんな先では無く、もう直近の様にも思える。
決して「ディストピア」では無いのではないだろうか。

ギフトライフ 古川 真人著



ソ連兵へ差し出された娘たち


なんだかこれを読むと現代の日本人よりはるかに誇り高く生きていたであろうと思っていた戦前の日本人が嫌いになってしまいそうになる。

ロシアがウクライナへ侵攻してから、もうすぐ1年半になろうかとしてている。
当初、ロシアが占拠した地域をウクライナが取り戻しくと次々と判明するロシアによる残虐行為の数々。
後ろ手で縛られたまま、要は無抵抗のまま頭部を銃で撃たれた数百の人々全て民間人である。そして、ロシア兵による略奪行為、婦女暴行の数々。
歴史は繰り返されるのか。

1945年夏、日本は太平洋戦争を全面的に降伏するわけだが、南方戦線とは全く別に日本の各地方の村々は満州の奥地という未開拓地域に開拓団を送り込んでいた。

そこへ襲い掛かって来たのが、ソ連兵だ。ウクライナでやっていること同様に略奪行為、婦女暴行を行う。

この満州開拓団への敵はソ連兵のみならず、満州で元々暮らしていた現地民。
彼らも次々と襲い掛かって来る。
そこでソ連兵との交渉役が現れる。
現地民からの攻撃から守ってくれないだろうか。

そして、その見返りとして差し出されたのが、開拓団に参加していた、十代、二十代の女性たち。

この本には開拓団の男たちの嫌な人間性が山ほど出て来るが、そもそも日本の兵士たちはどこへ行ったんだ。
ソ連兵がなだれ込んできた際に住民を守る兵士たちはいなかったのか。
無条件降伏に調印した事実を持って、交戦してはいけないと上が命令を出したことだろうが、自国民が略奪、凌辱されるのに対して交戦しないという選択肢はないだろう。

帰国間の期間、ずっとソ連兵の性の相手を強いられて、その彼女たちの性の犠牲があったおかげで、生き永らえた開拓団の人たち。
苦労してようやく、日本に帰り着き、元々暮らしていた村々に帰ったのはいいが、彼女たちの苦労がそこで終わった訳では無い。

彼女たちに助けられたはずの開拓団の男たちから、ソ連兵に身を売った者として虐げられて生きることになる。開拓団の地元が地方の狭い世間という事もあったのだろう。
日本へ帰っても東京、大阪で暮らしたなら、別の人生もあっただろうに。

なんていうことだ。

もちろん、ノンフィクションとしてはこの作者、片方からの取材しか出来ていないので、100%まるまる鵜呑みにする読み方は危険だろう。
だが、もう取材しなければ手遅れになる年齢の方々ばかり。
根も葉もない事を語る理由がない。

凌辱する側の非人間性、助けられたのにも関わらす、彼女らになんの報いもしないどころか逆に虐げた人たちの非人間性。両方の非人間性をあぶりだしている本だ。

ソ連兵へ差し出された娘たち 平井 美帆著



この本を盗む者は


主人公の女子の曽祖父は町でも有名な本の蒐集家。
まるで図書館の如くに蒐集した本を読みに多くの人が訪れ、町そのものもにも本屋が多く、いつしか本の町として有名になっていた。

そんな曽祖父亡き後を継いだ祖母の代に、蔵書が大量に盗まれるという事件が起き、以降、一族以外の者の屋敷への出入りを禁じる。
そこで登場する「ブック・カース」という聞きなれない言葉。なんでも蔵書の本に呪いをかけたのとか。

屋敷は彼女の父親が管理していたのだが、父親が入院することになり、しぶしぶ屋敷に立ち寄る彼女。

彼女は本も嫌いなら、この屋敷を出入り禁止にした今は亡き祖母も嫌いで、この屋敷そのものも嫌いなのだった。

さて、そこからがファンタジーの世界の始まり。

おそらく妖精と言っってもいいのだろう。真白という名の謎の女の子が登場し、主人公もろとも読みかけていた本の中にいつの間にか入りこんでいる。
この町、読長町というのだが、町中の人も見知った顔ばかりなのに、全然別人の物語の登場人物になってしまっている。
本を盗んだ者を見つけないと、町は元通りにならないのだ。

そうやって雨男と晴れ男の兄弟の暮らす世界に飛び込んだり、西部劇のガンマンが活躍するようなハードボイルドの世界に入り込んだり、イメンスニウムという特殊な金属をめぐる『銀の獣』という話に入り込んだりする。

次の物語ではとうとう町の人たちが町から消えてしまう。

最後の物語で、そもそも大量に本を盗むというたくらみをしたのが誰なのか。
この一連のたくらみにそもそもどんな思いがあったのがが明らかにされる。

本嫌いの少女もいつの間にか本が好きになっている。
おおよそ、過去の本屋大賞にノミネートされるような本とは趣を異にしているが、本屋さんにすれば確かに嬉しい本なのかもしれない。

この本を盗む者は  深緑野分著