地図と拳小川 哲

ものすごい大作だと思う。
巻末の引用文献を見るだけでも、著者がどれだけ、綿密に調べて書いたものかが想像出来る。ただ、建築に関する記述だけは単に文献を調べて書いたというよりも著者自ら学んで来たものからではないか、と思わせれるほどに熱が入っているように思う。
時代は、日清戦争後日露戦争前の満州から第二次大戦で日本が敗戦するまでの50年間。2025年の今年で戦後80年、阪神淡路大震災からまる30年。戦後も浮き沈みはもちろん有ったが、この50年の浮き沈みとは比べ物にならない。

明男という後半の主人公は幼いころより、時計に興味を持つと、ありとあらゆるものの時間を時計で計り、あまりの執着心にて母親から時計を取り上げられると、自信の感のみで時間計測が出来る様になる。
見かねた母親が温度計を渡してみると、今度は温度計測のスペシャリストになり、身体で感じた温度湿度から、その日の天候を天気予報よりも正確に言い当てることが出来る様になる。
そんな彼が進んだのは建築の世界。単なる建築にとどまらず、都市計画、都邑計画その力を満州の李家鎮というもう一人の主人公、細川が切り開いた都市で活かそうとするが、最後は虚しいものとなる。

この細川という人は只者ではない。
この満州の事を左右する場に必ず登場する。
真の意味の五族協和の地としての満州国の建国に彼は貢献している。
満州国は彼の意に反したものになって行くのだが。

戦争構造学研究所というシンクタンクを立ち上げ、若手のエリート軍人や官僚を起用して仮想内閣を開き、地政学と政治学の観点から日本と満州の今後を予測する。

現実は、この仮想内閣が予想した通りに進んで行き、かなりの早い段階で細川には10年後とその先が見えてしまう。

細川が最後の夢をかけたのが石油の自前での生産技術。
もはやそれ以外に日本を救う道は無かった。
石油を止められれば、石油を求めて、南方の仏印へ攻め入らなけばならず、そうなれば、その先、太平洋戦争になってしまう。
まだまだ、何も起こっていない段階から、石油の製造技術が水の泡になった段階で彼には日本が辿ってしまうだろう未来が見えてしまった。

何故、日中戦争という泥沼で馬鹿げた戦争を三日で勝負がつくと思い込んでに突入してしまったのか。
リットン調査団の報告が出た時に日本国が満州国を手放しさえしていれば、日本は別の道を歩めただろうか。手放しをするにも遅すぎたのだろうか。

歴史にIFは無いが、この細川の戦争構造学研究所の様な予測研究は、アメリカや中国などは絶対にやっているだろう。
アメリカがトランプ政権でどうなるかまでどこまで予測できているかは不明だが。

日本にも予測をする人はいくらもいるだろうが、政策に活かされているか、と言えば、割と行き当たりばったりに感じる現政権にはなかなか活かされていないのではないかと感じる。
現代の細川の誕生を待つばかりだ。

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