コンニャク屋漂流記星野博美


このタイトルからして、こんにゃく屋さんが何故か航海に出てはるばるロシアの彼方まで漂流し、そこでこんにゃく入りのおでんなどを作ってたいそう気に入られました。みたいな漂流記を期待してしまうかもしれない。

この本はそういう類の漂流記ではない。

著者彼女の一族の屋号が「コンニャク屋」。
この本は彼女自身の自分史であり、一族の歴史である。

彼女のルーツである「コンニャク屋」の屋号。

そもそも紀州から二人の兄弟がこの浜に来たところから始まるのだという。
そして彼女はとうとう紀州まで行ってそのルーツを探ろうとする。

90歳でも健在な一族の明るい光「かんちゃん」。
祖父の姪にあたるのだっけ。

そのかんちゃん曰く、ドン・ロドリゴが漂着した時なんぞは・・・。
まるで昨日のことのように。

ドン・ロドリゴなるスペインの総督が彼女たちの出自である千葉県の岩和田に漂着したのは、なんと400年も前の話。
その頃の岩和田は貧しく、漁民でありながら魚もまともに食べていない様子が記録として残されているのだという。

人口300人ほどの村落に異人の漂流民が300人以上。
一世帯に平均4~5名か。一世帯人口が7~8人なら同じく7~8人の異人さんをホームスティさせたのだろう。
海で遭難した人は人肌で温めるのが一番、と貧しい中でも身体を張っての救助活動を行う。

世はまさに家康が天下を取らんとする時代である。
それが、つい先日のことのように語られるのだから、戦前戦後などはほとんど昨日だろう。
時代というものの感覚がおかしくなってくる。

彼女の文章の中にたまに登場する彼女の祖父が残した手記。
お祖父さんもなかなかに筆達者だったことがわかる。

自身のルーツ探しもさることながら、何故にその時代に大量に紀州から房総半島に漁民が流れて来たのか、その推理もまた楽しい。

星野博美 『コンニャク屋漂流記』 文藝春秋