チョコレートの町飛鳥井千砂


チョコレートの町、つまりはチョコレート工場が有って、辺りはチョコレートの甘い香りで一杯の町。
この本の主人公はそんな町を故郷に持つ。
この主人公、そんな甘ったるい匂いが嫌いでたまらない。
もちろん、故郷を好きになれない理由はチョコレートの匂いだけではないのだが・・。

我が故郷に何らかの工場の匂いや臭いは無かったが、何度も転居をした中には香料工場の隣というのがあった。
階層も4階で、操業時には最も空気が流れて来る高さだったなぁ。
香料工場からの香りは、大抵が昔懐かしの消しゴムの匂いだった。
あっ、今日はバナナの香りの消しゴムを作っているんだ、あっ今日はイチゴの香りの消しゴムか、って結構匂うとわかるものだったが、懐かしさこそあれ、それを嫌に思った事は一度も無かったなぁ。

故郷を嫌い、という感覚に共有出来るものは皆無だなぁと思いつつも、読めば読むほどにこの主人公には共感してしまうものがある。

そもそも長らく家を離れた息子が仕事のトラブル対応の為とはいえ、故郷の我が家へ一泊しようか、なんて言って帰れば、
「良く帰ってきたねぇ。晩飯はお前の大好物を作ったからね」
なーんて一言が定番じゃないのかな。
不義理をして出奔したわけじゃないんだし、嫌われているわけでもないんだから。
母親はチーズおかきをバリバリかよ。
別に悪気は無くても、なんだか醒めてしまいますわなぁ。

チョコレートの甘ったるい匂いも嫌なら、昔のまま相も変わらないルーズソックスに茶髪の若者集団。
「故郷を愛している」と言えない主人公。
望郷の念を持てないと言い切る主人公。

中途半端で甘ったるい町。
歩けば知り合いに出会ってしまう。
東京から新幹線でわずか2時間の都市の近郊の小さな町。確かに中途半端な気もするし。主人公に共感は湧いてくる。
小学時代のジャイアンとスネ夫が相いも変わらず、今でもジャイアンとスネ夫のままで、主人公が戻るきっかけとなった会社のトラブル相手だったりと・・・。
まったくもう、という気持ちは大いにわかる。

それでもなんだか反面羨ましい気もしたりもしてしまう。
我が故郷と言える場所は団地だった。
家は2DK。家の広さなどはどうでも良かった。団地全体が我が庭のようなものだったし。高級住宅地の中のわずかな庭でミニバッティングセンターを作ってもらって遊んでいる連中が返って哀れに思えたほどに自由奔放だった。
でも、親の世代達は子供の気持ちとは正反対でいつかはこの団地から飛び出してやろう、という野心しかなかった。
親の出世と共に一人抜け出、二人抜け出と、自分を含め20歳までそこに住みついたやつなど皆無だったんじゃないのか。
つい先日、その団地も老齢化と空き家の多さのためか取り壊しなって行った。
我が故郷は失われてしまった。
あの頃の連中と集うなどと言うことは絶対に不可能なことだろう。
それを思えば、少し歩けばその頃の知り合いに会える場所がそこに有るというだけでも羨ましい気もする。

この話、長男長女は故郷を捨てて出て行くことは決して許容出来ないもの。墓は誰が守るんだ、みたいな守旧派の様な連中の考え方と、故郷は出て行ってこそ故郷なのだという考えのぶつかりをテーマにでもおいているのか、と途中までで思ったが、そんな単細胞な話では無かった。

15年も会っていなかった地元の人に覚えてもらっていたり、やけに昔の知り合いの出会ってしまったりするのは彼がこの町で愛されていたからなのではないか、同じ会社のパートのおばさんに言われる主人公氏。

そのトラブル対応とやらが長引いて、故郷に長居をする彼にも徐々に母親の良さや父親の優しさ、兄の思いやりなどが見えて来る。

故郷への愛着が湧いて来たのだろうか。
とある地元の事件をきっかけに
「あんたらはこの町を愛しているんじゃないのかよ」
と彼のこれまでの思いと正反対の言葉で、地元の人が百人近くも集まる集会でと演説をぶってしまう。

まぁ、なんだかんだと言いながらもやっぱり故郷っていうのはいいもんなんだろうなぁ。

チョコレートの町  飛鳥井 千砂 著