海と毒薬 遠藤周作著
第二次世界大戦中に実際に日本で行われた米軍捕虜の生体解剖を題材にした作品。
『神なき日本人の罪意識を問う』と遠藤周作さんは語っているそうですが、
神を持たない、そして戦争も知らなければ苦労も知らない自分にとって、理解できるのだろうかと思いながら読み始めました。
ざっとあらすじ。
話は戦後に始まります。
主人公のようにして登場する男は、地方から東京に引っ越してきて、持病の気胸の治療ができる近所の医院をたずねます。
その病院の先生は暗く不気味ですが、いざ治療をしてもらうととても腕のよい先生だということがわかります。
先生のことがどうも気になる主人公は、先生の故郷が九州と聞き、九州の親戚をたずねたときに出会った医師に、その先生のことを知っているか尋ねます。
そこで主人公は、先生が戦時中にある事件に関わっていた事を知ります。
そこから時代は戦時中に戻り、過去の描写や、事件に関わった人たちの供述書のような形で話が続いていきます。
生体解剖に関わった理由はそれぞれの人で異なります。
でも共通しているように思われるのは、それぞれの理由が大したことではないということです。
大したことではないと言い切るのはおかしいかもしれませんが、そのような背景で、同じような不幸な出来事を経験したり、悔しい思いをしたりする人はたくさんいたであろうと想像できるような理由です。
つまり、どの理由も生体解剖に関わる理由にはならないのです。
生体解剖そのものに対して誰も向き合うことなく、その場に至ってしまっているところが恐ろしいのです。
この本を読んで思い出したことがありました。
中学校の時の歴史の授業です。
教科書には載っていない南京大虐殺での日本人の残酷さについて記した文献を教材にしたことがありました。
耳をふさぎたくなるような内容で、なんて日本人はひどい事をしてきたのだろうと感じました。
そのとき、心から『日本人は残酷だ』と感じました。
でも、時が経って、いろんな戦争の報道を見たり聞いたりしているうちに、『日本人は残酷だ』という感覚はなくなっていきました。
よく戦争の異常な状況下では、人間性が失われて恐ろしい事を平気でしてしまうようになる、などと聞きます。それを聞くと、戦争中に人間は残酷になってしまうけれど、それは状況のせいであって、人間そのものが悪いわけではないなどと言っているようにも聞こえる時があります。
そんな話に触れるうちに、とくに自分で真剣に考えたわけでもないのに、戦争は国とか人種とか関係なく、人間を狂わせてしまうのだ、と考えるようになりました。実際に戦争という状況はどのような人間をも狂わせるのは事実だとは思います。それにしても、『その状況下で日本人は』という考え方が薄れていってしまいました。
でも、この本では、日本人の恐ろしさを説いているように感じます。
そして自分も大したことない理由から残酷な事をしかねないような気がしてきます。
それは『神なき日本人』だからなのかどうかはわかりません。
『日本人』を他の国や人種と区別して考える事が正しいかはわかりませんが、『日本人』の歴史を振り返るときには、自分が『日本人』であることを真剣に考えて見る必要があるのかもしれないと思いました。
何年かしたらもう一度この本を読んでみようと思います。
きっと何かがわかったり、すっきりしたりする事はないと思いますが、まだ考えないといけない事があるような気がします。
そしてもう一つ思う事は、次に読むときは、少しでも世の中が、世界が良くなっていてほしいという事です。