空の拳角田光代


あの「八日目の蝉」とかを書いた角田光代さんがボクシングを題材に?
ハテナマークが付きすぎてしまう。

文芸部を希望して出版社に就職した主人公氏。
配属されたのは念願かなわず「ザ・拳」というボクシング専門の雑誌の編集部。

主人公氏にしてみれば、全く志望と異なる部署になるわけで、左遷されたような気分で出社するのだが、取材に行った先のジムで、「習いに来たら?」と誘いを受け、そして入会し、やがてボクシングのとりこになって行く。

そのシムから新人王決定戦への出場選手が登場する。
その名もタイガー立花。

リングに上がる前にゾンビの格好で出て来てみたり、相手の選手を睨みつけてみたり、勝ったあとのインタビューでは、悪態をついてみたり、舌を出して中指を突き立てみたり、KO予告をしてみたり、と嫌われそうなキャラクターを演出しながらも、ボクシングの試合そのものに花があるためか、人気がある。

その立花のとんでもない生い立ちをトレーナー氏が披露する。
幼くして父母を失い、親戚家へ預けられるが、邪魔者扱いされ、今度は祖父母の元へ。
そして不良仲間とつるんでいるうちに少年院へ。
少年院を出たり入ったりを繰り返した末に出会ったのが、ボクシングだった。

その生い立ちをトレーナーから聞いた主人公氏は、「ザ・拳」の雑誌で大きく取り上げる。
ところがその生い立ちはトレーナーが作ったキャラ作りの一環だった。
彼は両親健在、普通に高校へ行き普通にサッカーをやっていて、普通に大学へ行く犯罪歴もない健全な青年だった。

そんなトレーナーのオチャメなはずのキャラ作りも、一旦ウソだとわかると、一勢に経歴詐称だと大騒ぎになる。
最初は売れてない雑誌一誌が書き始めてから、週刊誌各誌、スポーツ新聞・・軒並み経歴詐称だと立花をこき下ろす。

ネットでも経歴詐称男として悪く書かれ、試合にのぞんではかつての人気はどこへやら。完璧アウェイ状態。

そんな状況を見たベテラン編集者は嘆くのだ。
いつからこんなみんなで正義を声高に叫ぶ世の中になったんだ、なんでこのくらいのこと笑ってすませられないんだ。
人のちょっとした過ちを見つけたらとことん糾弾する。
いやな時代になってしまった・・・と。

格好良くそして圧倒的に勝ち続けるつことでしか、その傷は払拭されないのだろうか。

作者はボクシングを題材にしたのはこれを書きたかったからなのか・・。

立花はこんな言葉を残している。
「強いやつが勝つんじゃない。勝ったやつが強いんだ」

なかなか、 ボクシングの試合の描写などはかなり微に入り細に入っているのだが、どうしても女性の視点だよな、と思えてしまう。
ボクシングしている姿を見ながら「痛い」とかって思うかな。
主人公氏がなよなよしているからかもしれないが、その設定そのものが作者が女性であることと無縁ではないだろう。
彼は見る側に徹してしまうが、同じジムで練習していたら、パンチも出したくなりゃ、試合も出たくなるだろうに。

作者はボクシングの試合をかなりの数観たのだろう。
ものすごく研究はしているが、それはあくまでも観察者としてのものだ。

実際にグローブをはめてボクシングにむかっていたら、「八日目の蝉」もびっくりのすごい作品になってたんじゃないだろうか。

空の拳 角田光代著 日本経済新聞出版社

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