乗取り (故城山三郎氏を偲んで)城山三郎


城山三郎氏の『乗取り』に登場する青井文麿も明石屋にも実在のモデルが存在する。
青井文麿なる人物が日本橋の百貨店明石屋の発行済株式総数の四分の一を買い占める。
百貨店側が株式を議決権行使停止の仮処分で青井の持ち株を塩漬けにし、長期化させる事で青井の資金の行き詰まりを画策する。
一時は同盟を組んだ人との持ち株を併せると過半数となり、経営権を握れるところまで行くが、同盟を組んだ人が株を売却してしまう。
初回の株主総会では議長(会社側は)提案審議を延期し流会させてしまう。
再開された総会は会社側で行っている総会と全く同じ時間に青井も開催し、会社側の提案を全て否決。新役員を選出する。
これを会社側は提訴し、法定闘争へと突入。
長期化する事で青井の資金枯れも限界に。
最終的には青井株は電鉄系の大物乗っ取り屋に渡り、明石屋は電鉄系の大物乗っ取り屋に乗っ取られる。
実在のモデルが誰で百貨店がどこなのかは既に明らかにされている。

事件の流れは横井秀樹氏の白木屋乗っ取り事件の史実そのままなのだそうだ。
だが、これはモデルがあったというだけでドキュメンタリーでは無い。
あくまで小説である。
青井の秘書は当初は青井のやり方に途惑うが、そのバイタリティーに感銘を受け、スタンダールの『赤と黒』に登場するジュリアン・ソレルと青井をかぶせてしまう。
既成社会が徒党を組んで立ち向かって来る中で最後までひとり敢然と戦っている、と。

城山三郎は青井という人を絶賛している訳では無い。
乗っ取りが出来るほどになるまでの青井の暗い過去をそれとなくにおわせている。
金も人脈も何も無いところから企業を買収出来るほどの資金を持てる様になるにはそれなりの悪どいやり方をせねばならなかったという事なのだろう。頭金だけ現金で支払ってその後はいつとも知れぬ長期の手形払い、そんなやり方で商売を拡張し、利用出来る人間には擦り寄り利用し尽くす。そして利用し尽くした後はお払い箱。
青井文太と言う名前でさえ「文麿」などと貴族や華族の様な名前にするあたりをみてもいかに青井がペテン的なやり方ののし上がって来たのかをにおわせている。
ただ、この青井という男の持つバイタリティー、そしてなりよりも粘り強さは驚嘆に値する。
この人に会う事、ましてや味方に付ける事など絶対に無理であろう、と他の人間が思っても毎日朝に晩にと日参を続ける。今のご時世ではオートロックのマンションなど当たり前なのでこういう日参するという粘りは不向きだろうがこの舞台となる時代では日本家屋が普通の時代なのだろうし、日参する仕方というものをこの青井は心得ていたのだろう。そして何か人を引きつける魅力を持っていたはずである。最終的には味方にしてしまうのだから。

城山三郎はもちろん乗っ取り屋を美化する目的で書いたのでは無いだろう。
城山三郎がテーマにあげるのは既成社会にあぐらをかいて座っている連中とそれに立ち向かう人の姿。

そして城山三郎が何より嫌うのは、この明石屋の役員達にみられるような茶坊主的な生き方なのではないだろうか。
そして、そういう人達はいつの時代にも存在する。

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