傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学夏井睦


何かの比喩なのかと思ってしまうようなタイトル。
しかしながら比喩でもなんでもない。
まさにタイトル通り。
傷はぜったい消毒するな!について述べられている。

世間での一般的に常識と思われていることが実は大きな誤解だった間違いだった。
世の中まだまだそんなことが溢れているのかもしれない。

消毒は傷口に熱湯をかけるような行為だという。
乾燥させて早くかさぶたを作ることが傷を直す早道だと考えられていたが、筆者は細菌とは共存するものであり、かさぶたはミイラである、と切って捨てる。
乾燥させないことで、痛まず、早く、きれいに治るのだという。
傷口のジュクジュクこそ傷を治す最強の武器なのだ、と。

今の医学会に傷治療ややけど治療の専門家は実はいない。
先輩医のもしくはベテラン看護師のやって来たことを見習って来ただけで、誰もそのやり方に疑問を唱えなかっただけなのだ、と。

「湿潤療法」という言葉を最近耳にすることが多くなったが、医学会ではまだまだこの筆者の治療法が認められていない。
反対を唱える医者は筆者のように自らの皮膚で実験を行ってみるべきなのだろう。

筆者は自らの身体に傷を作り、その部位を分けて従来の治療法と自身の治療法の結果の違いを証明して写真して見せている。

そして過去の常識を覆す難しさを天動説と地動説を例に引いてまでして説明している。

それだけの抵抗と闘って来た、ということなのだろうか。消毒薬に関しては、薬品名まで掲げられているので、薬品会社には困った存在なのかもしれない。

また、筆者の矛先は化粧品にも及ぶ。

化粧をする女性の皮膚は老化現象著しい、と。

化粧品の界面活性剤がその原因なのだという。

多くの女性は一日の大半をその肌を界面活性剤に覆われている。

そして、化粧を落としてさらに老化した肌を見る都度、またまた肌を若返らせるという謳い文句の化粧品を買い求める。

化粧品業界にしてみれば、「カモがネギを背負って鍋に勝手に飛び込み、おまけに自分でコンロに火を点けるようなものだ」という比喩はおもしろい。

だが、筆者がいくら化粧品の害唱えても、いまさら化粧品がこの世からなくなるとは思えない。
顔を化粧品で塗りたくるのが身だしなみだ、という常識に溢れているからばかりではなく、いまさら、すっぴんの顔など人前に出せるか、という人があまりにも多いだろうから。

筆者に言わせれば化粧品ばかりかシャンプーもよろしくないのだそうだ。
シャンプーを使わずに頭を洗う。
正鵠としてもなかなか広まりそうにない。

筆者はこれまでの常識と思われていたものが常識でなくなるまでの経緯をパラダイムフトという言葉を使って説明している。

読み手としては今問題の温暖化対策はどうなのか?これは筆者の専門外か。

ならば、この春から話題のインフルエンザの対策はどうなのだろう。
ふれていないか、と期待したが、この本の初版は今年の6月、原稿はもっとだいぶ前に書き上がっているだろうから、今年の春以降からのインフルエンザ対策には間に合わなかったか。

外から帰ったら必ずすることとして
・うがいをすること。
・手を石鹸で洗う。
・手を洗った後に水分拭き取り、消毒薬を塗る。

などは、家庭で出来るインフルエンザ対策としてはあまりに一般的である。

「うがい」とは口の中を消毒することだし、手に消毒液を塗ることも著者の提唱する「消毒するな」から言えば、「よろしくないこと」なのかもしれない。

著者は本書のなかでも「手の洗いすぎに注意」を章立てにして述べている。

確かに日本人は少々潔癖にすぎるところがある。いや、そういう人が多くいる。と言った方が妥当か。

電車の吊り革を素手で持つ事を嫌う人や、インフルエンザが流行らなくとも、何かにつけこま目に手を洗う人も結構いる。

いや、そういう行為こそが、身体に悪いんですよ!と著者なら言うかもしれない。

いずれにしろ、目からうろこが落ちるような、とはこの本の読後のようなことを言うのだろう。

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)