シャーロックホームズの息子ブライアン・フリーマントル


『消されかけた男』、『再び消されかけた男』、『呼び出された男』、『罠にかけられた男』、『追いつめられた男』・・・フリーマントルと言えばなんと言ってもスパイもの。
しかも旧ソビエト連邦、共産圏の東ヨーロッパと西側のスパイの暗闘。
これほどおもしろい読み物はそうそうなかっただろう。
それが90年代に入っての東の崩壊。
それはすなわちフリーマントルの時代そのものの終わりかと思っていたら、最近になってこんな本を見つけた。
コナン・トイルの描いた名探偵シャーロックホームズをスパイ小説家のフリーマントルがどの様に描いていくのだろう。

時代は第一次世界大戦勃発前。
シャーロックホームズの息子セバスチャンはホームズの兄マイクロソフトホームズの子として育てられ、シャーロックホームズの子である事を知ったのは大きくなってからの事。優秀な成績で大学を卒業し、政府の要人であるマイクロソフトからの話を受け、チャーチルの密命を帯びて単身でアメリカへと渡る役割りを引き受ける。

このアメリカに渡ってからセバスチャンのやろうとする事については今一読んでいても判りづらいものがあった。
とにかく大英帝国にとって有益な情報を持つ人に近づき、情報を得て本国へ暗号で知らせる事だけだったのだろうか。

セバスチャンやシャーロックホームズの活躍はさておいても、語られる事は当時の歴史を忠実になぞっている。

中立の立場を表明するアメリカ。
当時のヨーロッパ列強は複雑な同盟・対立関係は、ドイツ・オーストリア・イタリアの同盟側対イギリス・フランス・ロシアなどの連合側の2陣営。
いずれ戦争は避けられないだろうとアメリカのビジネスマン達は語る。
アメリカはモンロー主義を掲げて同盟側対とも連合側とに同盟関係は無く中立を宣言していた。

ドイツがベルギーを侵略した場合の事にも触れている。
だが、イギリスはベルギーの独立と中立を保証していた。
ベルギーの中立を守るためにはベルギーの中立を侵犯した側の敵側に立って参戦すると表明していた。
ベルギーへの侵犯をイギリスが看過するかどうか、アメリカのビジネスマン達はあくまで客観的なのだ。

中立と言ってもタチが悪く、ドイツ側にもアメリカ側にも武器を輸出しようと言う言わば武器の商人そのものでとにかく他所で戦争が起こってこれれば良いという戦争を商売として喜ぶアメリカ。

ライフル銃の使用は戦争の姿を大きく変えたがこれをこの小説ではアメリア・ベッカーという女性が経営するベッカー社が開発したものとして紹介している。

セバスチャンは当時海軍大臣だったチャーチルの密命を帯びているのだが、何か事が起こった際には、英国もチャーチルもセバスチャンには何の関与もしていない、単なる単独行動だったという事にする約束をさせられる。

チャーチルはヒトラーのドイツに宣戦布告した時の英国宰相というイメージが一番強い。
政治家としてのチャーチルについてはもちろん賛否両論あるだろうが、ヒトラーへの宣戦布告で発揮した指導力、ロシアがソ連になってからのスターリンの独裁を忌み嫌い、米ソ冷戦を早くから予想していた先見性など歴史的にはかなり評価の高い指導者なのではないだろうか。

名言も数多く残したが、
・成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。
・成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続けることだ。などと割りと失敗についての名言が多いのは本人が失敗を多く積み重ねたからだろうか。

そのチャーチルについては野心家として、フリーマントルは少々手厳しい。
ホームズに批判させたりもしている。

最終的にはセバスチャンはドイツ人組織の陰謀を暴き、アメリカに参戦させる、という事で後世の歴史を大きく変えてしまうほどの活躍をするわけだが、その実績と成果については決して表には出ない。

やはりフリーマントルはスパイ小説家だったのである。