萌の朱雀 仙道直美著
過疎化の進む村でのお話。
登場する人たちも、風景もとても静か。
登場人物の感情が澄んでいて、まっすぐ入ってきます。
でもだから、とても悲しい。
ざっとあらすじ。
過疎化の進む「恋尾」に暮らす主人公みちる。
優しく物静かな父孝三と母泰代に大切に育てられた高校生。
兄妹のようにして育ったいとこの栄介に恋をしています。
孝三は、村に待ち望まれてきた鉄道の工事に長年従事していましたが、
その計画が中止となり、失業してしまいます。
それでも家族で協力して生きていこうとみなで頑張りますが、
孝三は現実を受け入れられませんでした。
多くを語らずとも理解し合い、支えあってきた孝三と泰代夫婦。
孝三を柱として暮らしてきた恋尾で
泰代は暮らし続ける事ができませんでした。
そして恋尾に暮らしてきた家族はばらばらになってしまいます。
一番印象に残っているのは、
みちると栄介がまだ子供の頃の夏、家族でピクニックへ行く場面です。
家族でお弁当を食べて、お茶を飲んで、子供たちが遊ぶ。
天気がよくて緑がたくさんあって、暑いけど木陰は涼しい。
その光景が目に浮かぶようでした。
自分の子供時代にも、家族で出かけて、母の作ったお弁当を食べてその周りで遊んだ記憶があります。
父と母の姿がちゃんと見えて、お腹がいっぱいで、完璧な安心感のど真ん中にいました。無くなるわけが無いし、壊れるわけが無いと思っていた幸せでした。
だからみちるが大切な家族を失って、家族がばらばらになっていく姿に心がじんじん痛みました。
無くなったから、ばらばらになったから、幸せだった気持ちがなくなるわけではありません。
でもできる事なら失いたくないし、今ある幸せを十分に大切にしないといけないと思いました。
そしてこの物語では過疎化についても考えさせられます。
生まれ育った土地を大切にしてきた人たちの思いが、
世間の流れにかき消されている現実があります。
過疎化の問題は都会に住んでいると忘れてしまいがちですが、
考え続けていかなければいけない問題だと再認識しました。
この本は、心がちょっと痛むけど、
心がちょっと澄んだように思える一冊です。