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正欲



スピノザの診察室

少し前のNHKのドキュメンタリーで、北陸地方の田舎町での過疎医療を行う診療所の老医師がピックアップされていた。

その田舎町の人全員の医療を受け持つ、ある意味ドクター・コトー的な存在。

老齢化が進む過疎だけに死を看取る事も多い。
まさにこれから死を待つのみという老患者やその家族への接し方が明るく、フレンドリーで悲壮感はこれっぽっちも無い。

こちらの舞台は京都市内。過疎地域とは全く違うが、死に寄り添う医師の話。
かつては大学病院で将来を嘱望された最先端医療に携わるエリート医師だった。
妹が若くして亡くなり 一人残された甥と暮らすために大学病院を辞め、末期患者に寄り添う地域に根差した医療を行う小さな町中の地域病院で働く。

この先生の患者への取り組みを読んで行くにつれ、冒頭のドキュメンタリーを思い出した。

大学病院の先生なら病気を見つけて治すのが医者の仕事だと思っているでしょう。
地域の町医者は違う。
もちろん治る事、治す事が目的の場合もあるでしょうが、ほとんどの場合は、医者の仕事は治すことではなく治らない病気にどうやって付き合っていくのか、ということ。

もう、ダメだろうと諦めかけている患者に対して、この先生は「頑張れ」とも「あきらめるな」とも言わない。
ただ「急がないで」と言う。

ただ、マチ先生と呼ばれているこの先生に看てもらった患者さんなら共通して言えるのは、マチ先生に看取ってもらいたい、ということだろう。



爆弾

最初にこの本を手に取った時、正直言って、こんなに面白い本だとは思わなかった。
なんだろう。どんどん引っ込まれて行く。

スズキタゴサクと名乗る男になのか、彼の出す謎かけに挑む特殊班捜査係の刑事とのやり取りなのか。

酒屋の自動販売機を蹴りつけた男が止めに入った店員を殴ったとして逮捕される。

取調室で男は名前を聞かれて「スズキタゴサク」と答える。

取り調べの刑事はふざけるな、と思いつつも大した事件でも無し、まぁどうでもいいと取り調べる側も身が入らない。

流していると、男は自分は霊感がある、などと言い、秋葉原で起こる爆破事件、次に東京ドームで起きる爆破事件を言い当てる。

そこから彼はもう一つ、
「ここから三度、次は一時間以内に爆発します」と予言します。

ここで取調べ官は警視庁から来た特殊班捜査係の刑事に交代。
そこから特殊犯刑事とスズキタゴサクとの心理戦が始まる。

タゴサクは刑事相手にゲームやクイズを持ちかけ、そのやり取りの中の謎かけを解いて行くと、に次の爆破のヒントが隠されたりしている。

のらりくらりと話し、小太りの単なる傷害犯だったはずの冴えない男が実はかなりの頭脳明晰な男だとだんだんとわかってくる。

爆弾魔男と刑事の心理ゲームがとにかく面白い。

謎かけだけが面白かったわけじゃない。
タゴサクの発する言葉は、言い返せば綺麗事にしかならない。
本音のところにグサグサと突き刺さる。

「命は平等って、ほんとうですか?」

「きっとあらゆる場所で、あらゆる人が、いつもいつも、他人の命のランク付けにいそしんでいるんです」

「爆発したって、別によくないですか?」

それにしてもどれだけ長い時間このやり取りをしているんだ。
最初に拘束されてからゆうに24時間を超えたところでタゴサクの方も寝かせろ、とは言わない。ずっとやり取りを楽しんでいる。
操作する側も取調官どころか、爆弾を探しまくる捜査員たちもほぼほぼ寝ていない。

そんな先の時間に正確に爆破するものを事前に仕込んでおいて、予定通りに起爆するなどと言うのは至難の業だろう。

何時にどこで爆発するかわからない状態で単に爆弾を仕込んだという話だけで東京中を走り回らないといけない警察という職業、なんと因果なものだろうか。