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罪の声


「けいさつのあほどもへ」という挑戦状で有名なこの事件、良く覚えている。

昭和の未解決事件の中でも最も有名な事件と言えば三億円事件とグリコ・森永事件だろう。
特にこのグリコ・森永事件に関してはかなり身近な場所がニュースで頻繁に登場したし、警察のローラー作戦だったか自宅や近所にも警察の聞き込みが何度か来ていた事件だけにかなり地元感がある。

以前から身代金は本気では無く、株の売買でボロ儲けして勝ち逃げしたんだろうと言われ、おそらくそんなところだろう、とは思っていたが、考えてみれば大量の空売りを疑われない範囲で目立たず行うということは結構難しいことかもしれない。
グリコ・森永だけに注目を集めておいて丸大、ハウス、不二家などの他の四社のどこか、もしくは報道もされなかったどこかから身代金を受け取っていた可能性も大いにある。

この話、テーラーを営む青年が自宅で父の遺品の中から自分の幼いころの声で身代金の受け渡し場所を指示すると思われる犯行時のグリコ・森永事件時のカセットテープを見つけるところから始まる。

身内が全くのカタギならさぞかし驚いたことだろう。
自分の父親が犯行に加担していない事を確認したいがために父の友人と共に、当時の事を知る人を訪ね歩く。

方や、新聞社では時効をとっくに過ぎたこの事件の新たな事実を発掘して特集を組むという企画がぶち上げられ、文化部から応援に駆り出された一人の記者が事件を追って行く。

この男が取材した先々からどんどん有力な情報を入手していく。

作者はかなり緻密に事件のことを調べたのだろう。

表に出ている情報とたぶん矛盾はない様に念入りに調べたに違いない。

イギリスで遭遇するこの事件の絵を書いた人物の告白話。計画づくりにおいてはかなり説得力がある。

ただ動機の箇所があまりに稚拙。あれだけの事件を企てた男の動機など敢えて書かない方が説得力がある。

事件の真相はあるいは、そういうことだったのかもしれないなぁ、と確かに思うが、この記者の取材が元で事件の全てが全容解明されてしまうのは行き過ぎじゃないか。

堺の小料理屋で犯人グループが会合を開いていた、という証言しかり。

あの当時は「俺が犯人だ」と酔っぱらって言い出すアホがそこら中に居て何人かは実際に事情聴取されてみたり、「俺の知り合いがどうも関係しているらしい」なんてデマやガセネタ情報が山のようにあった。

「会合を開いていた」なんて情報は腐るほどあって、ほとんどがガセだったはずだ。

確かにとっくに時効を過ぎた今だから言ってしまえ、というのもあるかもしれないが、あまりにこの記者、当たりを引きすぎている。

犯人グループの全員がわかってしまうよりも、そのブラックボックスをいくつも残したまま、本当はこうだったのだろうという推測で終わるとか、おそらくあの男だったんだろう、と思われる男が笑いながら去って行く。

そういうストーリーがグリコ・森永事件には似合っている。ちょっと残念。というのが読んでの感想だ。

でも、この本、この事件の全容を解き明かしていく過程を物語にすることだけが目的じゃない。

犯行に使われた子供の声は三人に及んで、その一人が冒頭の青年だが、残り二人はもっと年上だ。

彼らのその後に焦点を当てる、というところが数あるこの事件の推理話との違いだ。

あの声の子供たち、本当にどんな人生を歩んだんだろう。

罪の声 塩田武士 著



騎士団長殺し


主人公は36歳の画家。
義務感で書いて来た肖像画。
どこかの社長室にでも飾られるであろう肖像画。
滅多に人目には触れない。
作者が誰かなどは誰も気にしない。

しかし彼は特殊な能力を備え持っていた。
一度目にしたものをありありと再現できる才能。記憶力。
人の本質を見抜いて描ける能力。

でもその本質をそのまま絵にしたりはしない。
あくまで相手の気に入るような絵に仕上げるのだ。
だから芸術家でありながら芸術家ではない職業。
生活を維持するためだけにやって来た職業。
それも突然の妻からの離婚申し入れにてやる必要がなくなる。

妻から告げられたその日に家を出て東北・北海道を放浪し、行きついた先が友人の家の別別荘で、その父親がアトリエとして使っていた小田原の山の方で、隣近所へ行くにも車が要る様な辺鄙で静かな場所。

そこで出会う免色というなかなか個性豊かな紳士。
その人の肖像画を描くことによって新たな才能が開花したかもしれない予感。

免色氏の娘かもしれない少女。

友人の父親の画家が書いて世に出さなかった「騎士団長殺し」の絵。

そして登場する騎士団長。

第1部の顕れるイデア編の読後は第2部を読みたくてうずうずしていた気がする。
第2部も第1部の流れを踏襲してストーリーは進んで行くのだか、メタファーのあたりからどうなんだろう。
もうなんでもあり状態か?
確かに第1部のイデアの騎士団長もなんでもありの一つではあるにはあったが、微笑ましい存在でもあったしね。

ただ、至る所に見られる、見事な比喩の表現。
まるで○○が○○したかのようなという表現の巧みさ。一気に書き上げてこういう表現がすらすら出てくるとしたら、やっぱりこの人は天才なんだろうな、と思う。

ちゃんと英訳後とかも意識しながら比喩の言葉も選んでるんだろうし・・・。

この話では絵画を文章で表現する、という事が行われている。

いずれ映像化されるんだろうが、その時にこの見た人に衝撃を与えるような、インパクトのある絵が映像の中でどうやって再現されるのか、大いに見ものだと思っている。

騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編 第2部 遷ろうメタファー編 村上 春樹著



i


「(-1)の二乗=i」である。このiはこの世界には存在しない。

「この世にアイは存在しない」

数学教師の放ったその一言が主人公のアイに与えたインパクト。

おそらくこの言葉がきっかけで数学の道を歩むことになる。

アイは生まれはシリア。
シリア人でありながらアメリカに養子にもらわれる。父ははアメリカ人、母は日本人。
幼少期をアメリカで過ごし、学生時代は日本で暮らす。

この本、世界の時事ネタがしょっちゅう顔を出す。

どこどこでの大地震。どこどこでのテロにて・・・世界は惨劇で満ち溢れている。

その災害や惨劇での死者の数をアイは漏れなくノートに書き記す。

もともとシリアで生まれた子供だ。

今のシリアの状況を見て、シリアで戦禍に苦しむ子供の映像を見て、自分とこの子は何が違ったんだろう。
死んでいく彼らを見て、何故私じゃなかったんだろう。
と悩む。

何故自分だけ、という強い思いは、あのシリアからだからこそなのか。
アイだからこそなのか。

それは後者なのだろうと思う。

彼女は繊細すぎる。

人は何故存在するのか。自分の存在意義を見つけて行く話。

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この世界にアイは存在しません。
入学式の翌日、数学教師は言った。
ひとりだけ、え、と声を出した。
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この冒頭の書き出しだけで、もはやこの本は成功してしまっている。

 i 西 加奈子 著