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朝が来る


子供が出来ない時ってこんな感じになるのか。
妻が母親に言われて不承不承、不妊検査へ行くと、亭主もつれて来なさい、と言われる。
それを亭主にちょっと言ってみた時の亭主の機嫌の悪いのなんの。
妻の不妊治療ののはずが夫の不妊治療に変わって行く。

そんな辛くて長い長い不妊治療、その長い長いトンネルを超えた先が、養子縁組で、ようやく、朝が来るなんだ。

と思いきや、この話の本筋はここからだった。
養子縁組を取り持つNPO団体は、そもそも子供が出来てしまったが、育てるつもりのないような若い母親から赤ちゃんを預かり、子宝に恵まれない夫婦に養子縁組の世話をする。
このタワーマンションの夫婦にもらわれた赤ちゃんにも当然、母親が居り、その母親の話が本筋なのでした。

子供を授かってしまったのは彼女がまだ中学生2年生の時。
同級生の中でもちょっとカッコいい男子と付き合えて、ちょっとした優越感に浸り、避妊もせずにそういう仲に。

妊娠がわかると両親は養子縁組の世話をする団体をみつけて来て・・という展開なのだが、結構、養子に出して彼女が普通の女の子に戻ったわけではない。

世間体だけを気にする親に見切りをつけ、親を捨て、一人で生きる決心をする。
そんな彼女が苦労をしないわけがない。

養子縁組で子供をもらい受けた夫婦には、長い長い不妊治療の後の「朝が来る」なのだろうが、子供を渡さざるを得なかった彼女に果たして朝は来るのだろうか。

ラストのシーンがせめてもの救いだ。

朝が来る 辻村 深月著



みつばの郵便屋さん


郵便屋さんという職業、あまりに風景に溶け込みすぎていて、その人そのものにスポットがあたることが少ない職業の一つだろう。

登場する郵便屋さんは、小さな親切の積み重ねで、皆を幸せにしていく。

あるベランダの洗濯物が風で飛ばされて行ったら、たいていの人はどうするか。
「あらら」とは言ってもわざわざ届けに行ったりはしない。
郵便屋さんが遭遇したのは、飛んで行った女性ものの下着だった。
それはさすがに拾って届けに行くのははばかられ、彼は、洗濯物が飛んで行きましたよ、っと伝えるにとどめる。

ちょっとした気遣いだ。

荷物の誤配が有ったので取りに来い、という電話。
行ってみると、郵便屋さんの荷物ではなく、他の宅配業者のの荷物だった。
彼は嫌な顔一つ一つしないが、本来の持ち主に運んでよ、という依頼だけはお断りする。

はがきなど着いて当たり前。
手紙など届くのが当たり前。
それはすごいことだ、と思われずに当たり前と思われることのすごさ。
それは彼一人の成果ではなく、永年の郵便屋さんたちが築いて来た信用のなせる業だ。

何やらほっこりとした気持ちにさせてくれる本である。

とはいえ、実際には時間指定できっちりと届けに来る宅配業者さんたちの方がすごい、と思う事しばしばなのだが・・
いえいえこれは蛇足でした。

みつばの郵便屋さん  小野寺 史宜 著



君の膵臓を食べたい


ブックカバー無しで人前で読めないようなタイトルつけないで欲しいなぁ。
グロいもの読んでいるようにしか思えないもんなぁ。

内容はグロいどころか、その正反対の本。

人との関わりを一切避けて生きてきた高校生。

学校へ行っても友達の一人もいない。
それどころか、名前さえ定かに覚えていない。

そんな面倒なことをするぐらいなら、読書に熱中していた方がはるかに楽しいとはばかる男の子。

そんな彼がたまたま、病院のロビーのソファで見つけてしまった一冊の文庫。
その名を「共病文庫」という。

文庫と言いながら、つい1ページ目だけ目にしてしまうと中身は日記帳で、書いている人はどうやら、余命が1年と言い渡された人らしい。
それがあろうことか、彼のクラスメイトの女の子だった。
明るくて友達も多い。クラスでも人気者の女子だった。

彼女は、病気のことを、親友にもクラスメイトにも秘密にしていたのだが、彼には本当の事を告げる。

他の親友に告げていないのは、告げてしまえばボロボロ泣かれたり、同情されたり、と彼女が望んでいる関係性が壊れてしまうからなのだが、彼の場合は他人への興味が無いし、そんな話を聞かされたところで動揺しないし、他言しようにも彼にはその友達がいない。
そんなことで秘密を共有したことがきっかけとなって、彼女は彼をあっちこっちへ連れまわす。
焼肉を食べに行ったり、福岡へ旅行に連れて行かされたり・・。
彼女の「死ぬ前にやりたいこと」に付き合わされることになるのだ。

彼は自分は草舟のように流されるだけ、と思っていたはずなのに。

彼はいつの間にか彼女に感化されて行く。

草舟のように流されている様で、実は全部自分が選択したのだ、とだんだん気が付いて行く。

全く正反対の二人なのだが、二人の会話は軽妙で、特に彼のセリフは小気味良く、彼女が「死」に関するジョークを気軽に口にした場合、普通の友達ならたじろいで会話が続かないような場面で、ごくごく自然にジョークを打ち返す。
小学校時代から友達がいなかった人とは到底思えない。

まるで、彼女の残された時間は彼を矯正するために費やしているかの様だが、そんな彼女にとっても彼の存在は必要不可欠だった。

最後まで読めば、やはりこの本のタイトルは「君の膵臓を食べたい」しかないんだろうなぁ、とは思うのだが、この本、このタイトルでだいぶん損をしたんじゃないだろうか。
他人事ながらついつい気になってしまう。

君の膵臓を食べたい  住野よる 著