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アーサーとジョージ


アーサーとジョージというありふれた名前の二人のそれぞれの生い立ちから始まる。
それぞれ違う境遇で生まれ、違う育ち方をした二人がどこかで接点を持ち、好敵手となるのか、義兄弟のようになるのか、どんな展開になるのだろう、などと思ったが全く違った。

「アーサーとジョージ」という対等な関係の二人というイメージの題名そのものが、実体と不釣り合いだった。

二人の世代からして違う。アーサーの方がはるかに年上だ。

アーサーというのはあのシャーロック・ホームズの生みの親、アーサー・コナン・ドイルその人のことだった。

コナン・ドイルと言えば、シャーロック・ホームズを書いた人としか思い浮かばないが、シャーロック・ホームズなどは、アーサーにしてみれば、人生の中のほんの一幕にすぎなかったようだ。

若い頃は医者の免許を取り、眼科医も開業してみるが、あまりにヒマなので、物語を書き始める。そうして生まれたのが名探偵シャーロック・ホームズだ。

物を書きだけではなく、アウトドア派でスポーツ万能。
クリケットなどでは、国内代表選手を狙えるほどの腕前。
各地を飛び回り、社交界でも花形。

そんな多才のアーサーの興味を引いたのが一つの冤罪事件。
その冤罪事件の被害者がジョージだった。

父親がインド出身のジョージは自分はイギリス人だとして何一つ疑わず、司法の世界に入る。
ロンドンのような大都会ならまだしも、ジョージ住んでいるような地方の町では、ジョージの常識は、世間の常識ではない。

どうしたって肌の色は関係してくる。
自分よりも肌の色の黒い男が、さも頭が良さそうな仕事をし、警察官からの質問に対しても法律家として対処していることが返って生意気だと映ってしまう。

ジョージは近隣農家の牛を殺したという、何の証拠も根拠も動機も何もない事件の被疑者として取り調べられ、検挙されそして法廷へ。
正義はあると信じる彼だが、検察側弁護人の舌鋒は陪審員を信じさせるに十分だった。
そして7年の懲役刑を言い渡され、服役させられてしまう。

数年の服役を経て保釈された彼に救いの手を述べたのが、アーサー・コナン・ドイル。
無実である証拠を積み重ね行き、検察側の長官へ面会をするが、なんとも軽くあしらわれてしまう。
どなれば、執筆業という本業を生かすしかない。
各新聞にこの事件の真相を書きまくり、世間を大騒ぎさせるのだ。

最終的に、法務大臣の出した答えは有罪でも無いが無罪でも無い、というもの。

結局これを機に控訴制度が出来るわけなので、アーサーの果たした役割は大きい。

この本、いくらコナン・ドイルが登場するからとは言っても、作り物だろうと思っていたが、かなり史実に忠実に書かれているらしい。とはいえ、その時々の会話が記録にあるわけではないだろうから、ジュリアン・バーンズによる創作もかなりあるはずだ。
どこからがどこまでが作り話でどこからどこまでが史実なのだろう。
アーサーの「かあさま」に対する態度は今時ならマザコンと呼ばれてもおかしくはない。

中盤のアーサーの恋愛に関するくだりはやけにだらだらと長ったらしいのだが、あとがきによると、この箇所の彼女との手紙のやり取りは実際に残されていた実物を使ったということなので、端折るわけにはいかなかったのかもしれない。

途中に何度も出てくる「交霊」に関するくだりも「要らねーなー」と思わせるものだったが、エンディングでジョージに目に見えることだけが真実じゃないんだ、と思わせる伏線には必要だったのかもしれない。

先日、イギリスで、ユーロを離脱するかどうかの国民投票があったが、この本の中に登場する何人かは、あの選挙にて離脱を訴えていた何人かの人を想起させ、ああ、こんな人だったんだろうな、と思わせられた。

アーサーとジョージ  ジュリアン・バーンズ 著  真野 泰 (翻訳) 山崎 暁子 (翻訳)



鹿の王


よくぞ、こういうスケールの話が書けるものだ。
ある王国が大きな帝国軍に攻められて侵略される。
侵略者たちは、王や王家の存続や許したものの、辺境の民たちを全く別の辺境の地へ移住させる。

全くの架空の世界なので、何かに置きかえてみよう。
日本が戦争に負けた後に天皇陛下や天皇家は維持され、その地位も名誉も保障されるが、辺境の民はそうではなかった、みたいな。
四国の辺境の民は(四国そのものを辺境だと言っているわけではない)北海道へと移住させられ、九州の辺境の民はアラスカへ移住させられ、北海道の辺境の民はハワイへ移住させられ、みたいなことをバンバンされたらたまったものじゃないだろう。

この侵略された王国(アカファという)には、かつてその地を支配していた、もう一つ前の別の王国(オタワルという)があり、伝染病の蔓延により、王国を滅ぼし、王国の支配権をアカファに譲った、という歴史がある。

国の支配権を譲るなどという例は現実の歴史上知らないが、この民族は自身の国など持たなくても、国などどこの民族が支配しようとも、優れた技術さえ伝承していれば、それなりの立場で優遇される、という考えのようで。アカファと言う国が支配される側に廻っても、何ら困らずそこそこの地位を保っている。

イスラエルという国を持つ前のユダヤ人のような位置づけか。やはり、ちょっと違うか・・。辺境の民たちになるとそれぞれの民族性がまた異なり、食べ物、習慣、もちろん外見も考え方も違う。

本の中で登場する各種の固有名詞についた漢字には普通なら全くそうは読めないルビがふられているのが結構つらいが、半ばからほとんど気にしなくなっている。
音読せよ、と言われているわけじゃないんだから、好きなように読ませてもらう。いちいちルビのふったページを探してもどったりなど、絶対にしない。

黒い狼のような動物に噛まれると何かのウィルスが伝染するのか、皆死に絶えて行く中で一人、生き残った男が主人公。

その伝染病のワクチンを作ろうとする医師がもう一人の主人公。

この黒い狼のような動物の人間に対する襲撃とそのウィルスそのものは、自分の住み処を追われた辺境の民による復讐である可能性がだんだんと高くなってくる。

それにしてもよくぞ、ここまで架空の民をいかにもどこかに存在していたんじゃないかと思わせるほどに筋書立てて話が作れるものだ。

この本、昨年の本屋大賞受賞作。

やはり本屋大賞受賞作にははずれが無い。

鹿の王 上橋菜穂子  著



太陽のパスタ、豆のスープ


本屋大賞を受賞した人の本って一通り読んでみたくなるので、古い順から読み始めてみたが、宮下奈都さんの傾向がだんだんとわかって来てしまった。

題材はそれぞれだが、なんかいつも主人公は自信喪失しているところから始まって、周囲に自信満々な人が居て、だんだんと自信を取り戻して行く、みたいな、割とそういう流れが多いように感じた。
まぁ、まだそれほどの冊数は読んでいないけれど。

この本での主人公、明日羽(あすわ)は、結婚式の案内まで出すところまで行っていた相手から唐突に婚約解消を申し入れられるところからスタートする。

全てに自信を無くしてしまった彼女に姉のような叔母から、今やりたいことをリストにして書き出してみろ、と言われる。それを「ドリフターズ・リスト」と呼ぶのだそうだ。

・髪を切る
・引っ越し
・鍋
・お神輿
・玉の輿

彼女のリストはその後何度も書き直したり、加筆されたりするのだが、
最初の三つは叔母や友人の協力もあって、早々に実現してしまう。

リストに「きれになる」と書いてはみたものの、「きれになる」とはどういうことなのかがわからない。

ある日、 彼女は偶然に行った青空マーケットの売り場で会社の同僚を偶然見つけてしまう。
あまりプライベートにまで立ち入って話をしたことが無いがお互いに「ちゃん」付けで呼ぶような間柄ではある。
職場では絶対に見られないような、明るいいきいきとした様子でいろんな豆について熱く語り、販売する彼女。

彼女は同僚がどうやって、「豆の販売」という生き甲斐に辿り着いたのか、気になって仕方がない。

それ以降、
彼女のリストには「豆」の一文字が付け加えられる。

さて、彼女はどんな豆を見つけるのだろうか。

太陽のパスタ、豆のスープ 宮下奈都著