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最終退行


大ブレイクした半沢直樹の原作者によるもの。
もちろん舞台は銀行。
羽田というあたり一帯がことごとく赤字の中小企業ばかり、という環境の支店が舞台。
赤字企業に囲まれていても、本部からは他の支店同様に一律の成績UPを求めてくる。

ここの副支店長が主人公。
この人同期でTOPと言われながらも、思った仕事への配置転換をさせてもらえず、支店の融資係からからまた別の支店の支店の融資係へと支店のドサ廻りばかり、唯一の救いが支店を変わる都度少しずつ役付きが上がっていることか。

「最終退行」というのは最後に支店を退出すること。 最後に一人だけ残って残業を片づけ、各部屋の戸締りをし、消灯を確認し、施錠をして退出する。
この副支店長氏、毎日毎日が最終退行なのだ。

融資課長と副支店長を兼任し、毎日、現場にも出ながら、下から上がって来た種類の決済も行わなければならないので、普通の時間に終われるはずもない。
支店長がまた仕事をしないし、仕事が出来ない。
支店長から押し付けられた仕事をグチ一つこぼさずにこなす副支店長氏。

丁度不良債権処理に追われている頃の話なので、本部の意向は貸し渋りどころか貸しはがしにまで加速して行く。

この地域での優良得意先。
主人公氏をはじめ現場の人たちが永年良好な関係を築いてきた有料顧客企業。
そんな企業に今期赤字決算を出したからといって、貸している金を返せなどとは、現場レベルの感覚では有り得ない。
いや現場レベルでなくても有り得ないだろう。
赤字を出したところで会社がつぶれるわけじゃない。
寧ろ、貸しはがしをしてしまった方が、よほど相手の資金繰りを圧迫する。

そんな企業からの貸しはがしをためらっていると、支店長が出張って、一時返してもらうだけ、とだまして返却させてしまい、仕舞いに相手企業は不渡りを出し、その社長一家は離散。そしてその先社長が自殺するに及んで、この副支店長氏はこの銀行に見切りをつける。

そこからが反撃の始まりだ。

倍返しの半沢と似てなくもないが、こちらの話の方がかなりリアリティがある。

また、第二次戦の終わり間際に旧日本軍が海底へ隠したとされるM資金探し、M資金詐欺の話が彩りを添える。

最終退行  池井戸 潤 著



一路


世は幕末である。

もはや参勤交代でもあるまい、という時代なのだが、代々、お家の参勤交代の差配をする御供頭という家柄に生まれた主人公の一路。

参勤交代のお役目さながらに一路と名付けられたというが、まだ19歳にして一度もお供をしていない。
そこへ来て父の急死。

参勤交代の御供頭を命じられるが、何をして良いのやらさっぱりわからない。
ようやく見つけたのが、200数十年前の行軍録。

参勤交代の行列とはそもそもは、戦場へ駆け付ける行軍なのだ、とばかりに古式に則った行軍を差配する。

江戸時代も200数十年続けば、たるむところはたるみ切っている。

そこへ来て「ここは戦場ぞ!」とばかりに中山道の難所を駆け抜けて行く。

その行軍におまけがつく。
お殿様の命を狙うお家騒動の悪役達が同行しているのだ。

古式にのっとった行軍も面白いし、お殿様という立場も面白く描かれている。
決して家臣を誉めてもいけないしけなしてもいけない。
「良きにはからえ」と「大儀である」だけじゃ、名君なのかバカ殿なのか、わからない。

ここのお殿様は蒔坂家という別格の旗本で大名並みのお家柄らしい。
同じような家格を例にあげると赤穂浪士に打ち取られた吉良上野介の家柄などがぴったりとくるのだそうだ。
バカ殿かどうかは読む進むうちにわかってくる。

上下巻と結構な長編ではあるが、読みはじめればあっと言う間に読める本だろう。

ただ、惜しむらくは浅田次郎作品にしては珍しく、悪役が完璧に悪役そのものなのだ。

浅田次郎という人の書くものはたいてい、悪役を演じさせながらも最後にはその人の止むにやまれぬ事情などが明らかになって、ぐぐっと涙を誘ったりすることが多いのだが、この作品に限っては、悪役は最初から最後まで悪役のまま。

まぁ、浅田さんにもそういう気分の時もあるのでしょう。

一路(上・下巻)  浅田 次郎 著



完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯


これを読むとあらためてチェスというゲームがいかに世界ではメジャーなゲームなのかを思い知らされる。
日本では将棋、囲碁のルールを知っている人はそこそこいるだろうが、チェスの駒の動かし方を知っている人となれば、そうそういないのではないだろうか。
ましてや、今のチェスの世界チャンピオンが誰かなど、ほとんど知られていない。

この本、そのチェスの天才の生涯を描いた本である。
ボビー・フィッシャーという人で、6才でチェスをはじめ、7才の時にその手筋を認められ、大人しか入れないような有名なチェスクラブに会員としての出入りを許される。
寝ても覚めてもチェス三昧。何千、何万という過去の棋譜をまる暗記してしまい、とうとう14才の時に全米のチャンピオンにまでなってしまう。

その当時の世界の強豪は社会主義人民共和国だった頃のソ連で、フィッシャーは何度か世界の壁に挑むが、ソ連の総力戦を前に悔しい思いをする。

囲碁・将棋の世界ではなかなか考えられないが、チェスの世界では「引き分け」というものがある。
あらためて、チェスボードにむかってみると良く分かる。
将棋のように取った駒を使えないので、お互いの駒は盤上から減って行く一方なのだ。
双方共、攻め手を欠いたまま、どんどん駒が減ってしまってはしまいに、手が無くなってくる。
従って引き分けというルールは考えてみれば必然か。

引き分けはどちらかが、引き分けを持ちかけて相手が受ければ成立する。
ソ連の棋士達は引き分けというルールを使うことでお互いを助け合うことが出来る。

そんな不利な状況の世界大会をいくつか経た後に、ついにボビー・フィッシャーは世界チャンピオンの座を手に入れる。

冷戦時代のことだけにアメリカ国民は熱狂だ。

だが、この人、この後がひどすぎる。
いや、それまでも結構、我がままで傍若無人だったが、もっともっとこの後ひどくなる。
3年に一度の防衛線で、戦い方のルールを変えようとするが通らずに次の防衛線を迎えることなく、チャンピオンの座を放棄。
以降、20年以上にわたる空白期間の後に持ちかけられたのがユーゴスラビアで開催されるかつての世界戦を戦った相手との一局。

かつての世界チャンピオンというのはそこまで偉いのか?と思わせるほどに凄まじい注文を開催者側につきつける。
カメラは何十メールより後方から撮ること。チェス盤や駒への交換指定ぐらいならまだ普通だろうが、備え付けのトイレをあと何センチ上に上げろ、だの、もうまさに中世の王様。

ただ、この時期のユーゴスラビアはボスニア問題で紛争の真っただ中。
アメリカは経済制裁の最中だっただけに、フィッシャーへ参加を見送るように再三持ちかけたのだが、フィッシャーは強行してしまったので、以降アメリカ政府から起訴される立場となり、最後までアメリカから逃げ回る。

言動がひどくなるのはこの頃からで、自らがユダヤの血を引く者でありながら、ユダヤ人に対する差別的発言、軽蔑的発言を繰り返す。それがエスカレートして行き、ホロコーストはユダヤ人のでっち上げだ、とまで言い出す始末。

起訴されてからというもの、アメリカへの非難もだんだんエスカレートして行く。
自らの血統のユダヤを徹底的に非難し、自らを育ててくれたアメリカを非難する。
非難対象は何も国や民族ばかりではない。
彼は、彼の名前や映像を使って儲けようとした人全員に敵意を向ける。

ごくごく親しかった人、親切にしてもらった人、みんな何かの時には味方になってくれそうな人々に対して、自分が受け取るはずだった金を返すよう要求してみたり、発言が気に入らなくなったりで、自ら敵意を持って遠ざけてしまう。

9.11テロの時に、アメリカざまーみろ的な発言をメディアに流してしまったのは致命的だ。あの9.11に拍手したのは当時のアフガン、イラク、イランやパキスタンなど中東のイスラム原理主義者たちか、フィッシャーぐらいのものじゃないだろうか。
さすがに放置していたアメリカも彼のパスポートを無効化し、滞在していた日本から飛び立とうという時に、日本の入管に捕まり、以後6ヶ月の間日本で拘留される。
日本にチェスの元世界チャンピオンが拘留されていたなんて、大半の日本人は知らない。

アメリカへの強制送還だけは避けたい彼を喜んで迎え入れてくれる国などどこにもない。
ロシアはかつてさんざんインチキチェス、と称して批判して来ているし。
アメリカやユダヤを批判する立場を取ったからと言っても彼自身がユダヤ人なのだから、中東のイスラム国家が喜んで受け入れるはずがない。
ホロコーストを嘘だ広言する彼だけはヨーロッパの国々も受け入れたい人ではない。
自らの発言、行動で世界のあこがれの中心だったはずの人が、見渡せば世界中を敵にしてしまう、という不思議さ。

唯一、受入れを表明してくれたのが、彼が世界チャンピオン戦を戦った地であるアイスランド。

アイスランドはかつて彼にチャンピオン戦を戦ってもらったおかげで、世界にその名が知られた、と彼に恩義を感じてくれていたのだ。

そんな大らかな気持ちの国のアイスランドに対してすら、彼は悪口を言い始める。

被害妄想過多で、金の亡者で、自己中心的で、独善的で、人を罵る、蔑む、憎む、人を信用しない、信用出来ない、差別主義者で・・・とチェスの天才であることを除いてしまえば、全く何にも取り柄の無い最悪の男だろう。

フィッシャーの没年は2008年だが、フィッシャーにしてみれば日本も憎むべき対象に入っていた。
もし2011年まで生きていれば、あの3.11大地震大津波の時も言ったに違いない。
「ざまーみろジャップめ!」と。

完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯 フランク ブレイディー (著), Frank Brady (原著), 佐藤 耕士 (訳)