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ルーズヴェルト・ゲーム


野球で一番おもしろいゲームは7-8のゲームなのだそうだ。

ルーズヴェルト大統領がそう言ったとのことで、7-8のゲームのことをルーズヴェルト・ゲームと呼ぶのだそうだ。

この物語は、家電メーカーの下請け部品工場の会社の野球部の野球部の物語。

大企業でもないこの会社の野球部が、かつては都市対抗野球の名門チームだった。
所属する選手はプロ野球には入れないが、野球をすることで会社と契約を結んだ、契約社員。プロにはなれないが、アマチュアでもない、職業野球人達。

納入する大手企業からは単価下げを要求され、運転資金を借り入れている銀行からは人員削減を要求される。

そこへ来てのリーマンショック。
取引先は大幅な生産調整に入る。

もはや、会社の存続上、明日が見えない状況の中、当然野球部の存在も安泰ではなく、その存続をめぐって、役員会でも常に俎上にのぼる。

野球部の物語と言いながら、実は中小・中堅企業の生き残りをかけた戦いの物語なのだ。
創業者からバトンタッチされたまだ若い社長は、銀行の要求通りにリストラをすすめて行くのだが、創業者はそれに反対はせずにただ一言。
「仕入れ単価を減らすのはいいが、人を切るには経営者としての『イズム』がいる」と。
キッチリとした経営哲学があってのことなのだろうな、とも取れる。

企業の業績などいい時もあれば悪い時もあるに決っている。

その業績のいい時には人を増やして、業績が悪くなりゃ、人を切ればいい、みたいな考え方が蔓延してやしないだろうか。

いったい何のためにその会社はあったのだろうか。

人を切ってまでして営業利益を出したところで、その存続し続ける意義とは何なのか。

株主のため、か?
非上場会社である。

残った社員のためか?

それとも経営陣のためか?それなら本末転倒もいいところだ。

もはや、物語は野球部云々などの話ではなくなっている。

野球部の存在は、この会社が負け続けの中、7-8のルーズヴェルト・ゲームに持ち込めるのか、の小道具だと言ってもいいぐらいだ。

会社の存続する意義とは何か、が問われている。

そんなことを感じさせてくれる一冊なのだった。

ルーズヴェルト・ゲーム 池井戸 潤 著



償いの椅子


もし、警察という巨大組織が組織ぐるみで犯罪を犯したとしたら・・。
もし、警察の中でも特別に秘密のベールに覆われた公安という組織が、組織ぐるみで犯罪を犯していたとしたら・・。

この本では、警察の外部団体の財団法人が隠れ蓑になり、公安職員というとんでもない情報を得て来られる連中を配下に置く男達が、組織を使って犯罪を行う。
決して組織ぐるみではない。
組織を利用した一部の人間達の犯罪だ。

公安という特殊性がそうさせるのだろうか。
一般の警察の捜査では行われないような異様な命令を部下達は、たんたんとこなして行く。

主人公はその公安側ではない。
その公安組織に目を付けられた車椅子の男。

5年前のある事件以降、すっかり姿を消していたその男が現われるところから物語は始まる。
5年前に誰かに嵌められて、自ら親と慕っていた人を亡くし、自らも銃弾を浴びて、その生存すら危ぶまれていた男が、車椅子の姿で舞い戻る。

自らとその親にあたる人を嵌めた連中への復讐が目的なのか。

真相はラストのシーンまでわからない。

まさにハードボイルド小説。

いささか、ハリウッドの映画じみた小説ではあるが、分厚い本でありながら、一気に読ませられる、面白い展開の一冊。

償いの椅子 沢木冬吾 著



絶対服従者(ワーカー)


なんともおもしろい着想をする人がいるもんだ。

ただでさえ、身体能力的にはヒトより優秀である蟲(ムシ)達が進化したらどうなるか。蟻などは自分の身体の何倍もの大きさのものを平気で運ぶ。
ハエにしても蜂にしても動体視力がヒトの比ではない。
危機回避能力がずば抜けている。

そんな蟲達がヒトの言葉を理解するどころか、話すのだ。

企業が安い人件費の労働力を求めて中国ほか世界へ出て行き、国内の雇用が減ったのと同じことがまた、ここでも起きる。

企業はこぞって蟲達を戦力として採用し、人の雇用は減るばかり。

主人公氏も仕事から一度はあぶれた身。
就職活動を離脱してフリーターや派遣社員としての生活の後、正社員の口を探すがどこも無理。
蟻を絶賛する文章を書いて、人間社会での反響はなかったものの、一人の出版社社長の目にとまり、以来、そこの社員として蟲の女王一族の歴史を記録する、という仕事にありついた人。

一匹のアリに連れて行かれて見たのが、アリ工場。
まさにアリを生産している。
女王アリが何匹も無理矢理に卵を産まされ、産まされた卵は即座に働きアリ達によって工場内のラインのように流れて行き、そこで孵化し育ったはたらきアリ達は安い労働力として企業に派遣に出される。

そこでの非人道的なやり様の一部始終を録画した主人公氏。
この本読んでいると、ヒトよりも蟲の方が上のような気になって来るので、この「非人道的」と言う言葉でさえ誉め言葉に聞こえてしまうかもしれない。

主人公氏と社長氏。さっさとYouTubeへUPするなり、WEB上のどこかへ保存すればいいものを・・・。
録画ビデオを奪取しようとしてくるグループに散々追い回される。

本の終盤で人が絶対服従者となって、たった一人で、しかも素手で自分が通れるほどの大きさの横穴、縦穴とまさにアリの巣を作らさせられ、そしてとうとう完成させてしまうシーンがあるのだが、作者としてはどのくらいの期間のつもりで書いたのだろう。

生還した後のやり取りを読む限り、せいぜい数週間程度のつもりで書いたのでは無かろうか。

ノミと金槌を持って掘ったにしろ、何十年がかりの仕事だろう。
ましてや素手。

まぁ、アリがバーのママをして、ハエがトラックの運転手をする世界だ。
そんな細かいことを言ってもはじまるまい。

我々人間は虫などいつも簡単に踏みつぶしているし、ニワトリなどはブライラー工場という、まさにもはや生き物というよりも工業生産品のごとくに扱っているにも関わらず、この本の中の蟲たちに共感してしまうのは、彼らがヒトの言葉を話すからだろうか。

彼らの生き方に何やら矜持を感じるからなのかもしれない。

第24回(2012年)日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。

絶対服従者 関俊介 著