カテゴリー: 三浦しをん



神去なあなあ日常 


実に生々しい林業の体験記ではないか。
と、思いたいところなのだが、主人公が山村に住み込む20前の男の子であるのに対して作者は女性であり、はたまた結構売れっ子の作家。
実際に体験したわけではないのだろう。
まさしく、実体験を書いているような、そこでしか味わえないような描写の数々。

多くの人に取材をしたのだろうが、取材だけでここまで実感あふれるものが画けてしまうものなのだろうか。

この本は山での仕事の過酷さを描くこともさることながらそれを上回る山仕事の充実感。林業の魅力にあふれている。

林業従事者は昭和30年代の1/6。
ここ10年をとってみたって10年前の約6割と言われる。

老齢化が進んでいる産業なのだ。
現在従事している人がもっと老いて行けば、もはや産業として成り立たなくなってしまうのかもしれない。

先日、1月末に2009年の全国都道府県の転入、転出のそれぞれの差異が新聞に載っていたが、
「大都市圏への人口流入鈍る」との謳いながらもなんだかんだと、東京圏への転入超過はやっぱりプラス。愛知万博以降、転入超過が激しかった名古屋圏内の転入超過がようやく収まってはいるが、鈍化したとはいえ、東京、神奈川、埼玉、千葉という首都圏へは全部合わせれば10万人超の転入超過。

年越し派遣村・・ってネーミングもどうかと思うが、ホームレス村ではあれだけ仕事がない、住むところがない、と方や騒ぎながらもそれでもやはり東京へと集中しているのが現状の姿なのだ。

神去村というこの本の舞台となる山村も若者離れの例外ではない。

横浜から職業訓練生として嫌々ながら来てしまった主人公の若者。
当初は携帯すら通じないこの山村を逃げ出そうとするが、だんだんとこの山や木やこの仕事、この村が好きになって行く。

若者が離れてしまうのは単に仕事がきついからだけではないのかもしれない。
同年代の若者が他に居ない、というのもなかなかきついものなのかもしれない。

この村のオヤカタさん、1200ヘクタールというとんでもない山持ち。昔なら大長者様のような存在だろうに皆の衆から清一、清一、と呼び捨てにされる。しかしながら一旦指示を出すと誰も逆らわない。

この人などのように東京へ大学へ行った時に結婚相手を見つけて連れて帰って来てしまう。こういうのがSTOP・ザ・過疎化に一番いいのかもしれない。

山暮らしの良さはお金のたかでは量れない。
そこで暮らすだけならお金を使うことがないのだから。

この若者の場合は、野菜だってなんだって食い放題の状態で豊かな自然を満喫し、尚且つ給金がもらえるだけでも充分と充足している。

この本、2009年の出版。
都市圏でも仕事が無い無いと言っている最中の出版。
まさに時宜を得ている。
雇用の今後の行く末は介護業界しかないように言われるが、林業などどうなんだろうか。ホームレス村でおかゆをすするよりははるかにマシのように思えるのだが・・・。

まぁ、まず自分が行かないことには始まらないか。

神去(かむさり)なあなあ日常 三浦しをん著(徳間書店)



まほろ駅前多田便利軒


元、車のセールスマンの男が開業した便利屋。
ある日の仕事の帰りに、バッタリと高校時代の同級生に出会う。

その同級生というのが変わり者で高校3年間、ある一瞬の一声(痛い)と発したのが唯一で、その他には一切しゃべらなかった、というつわものである。

その同級生である行天が便利屋の多田のところに何故か居候することになる。
行天は高校時代3年間沈黙を通した男と思えないぐらいに饒舌になっている。
変人であることに変りはないが・・。

物語はそこから始まり、便利屋稼業の種々雑多な仕事を多田とその手伝いの行天がこなしていくというお話。

便利屋の手伝いとしては何の役にも立たないように思えるこの行天。
便利屋の親方である多田はこの行天をお荷物としか考えないし、そう扱うが、その行天が肝心なところで誰も思いもしないような力量を発揮する。

意表をつく行動。
喧嘩が滅法強い。
ヤクザもチンピラも恐れない。
初対面では危ない男に見られがちだが、しばらくすると誰にでも好かれてしまう。
「フランダースの犬」の物語のラストシーンを「あれはハッピーエンドでしょ」と言い切る男はそうざらにはいない。

方やの多田だって、チンピラ相手に言うべきことはしっかり言うし、決して、生真面目優男と無鉄砲無頼漢という取り合わせでもない。
たぶん、便利屋は多田一人でもその依頼に無難にこなしていくんだろう。

だからこそ、相変わらず「お荷物の行天」としてしか考えないを多田なのだが、だんだんと行天のその存在の大きさ、というより自分の相棒としての必要性が分かっていく。

この本、3年ほど前の直木賞受賞作である。

従って、書評などは山ほど書かれているだろうから、あまり無用な解説をする必要も無いだろう。

それにしても、なんだか選者に読み手の力量を試されているのか、と疑いたくなるような芥川賞受賞作に比べて、直木賞受賞作というのはなんと安心して読めるのだろう。

なんとも言えないほろ苦さを漂わせながらも軽快で乗りのいい会話。
物語がテンポの良く進んでいく。

やはり素直に「面白い」と言う言葉を発せられるのも直木賞受賞作の方である。

これは余談だったか。

まほろ駅前多田便利軒 三浦しをん 著(文藝春秋)