カテゴリー: サ行



時のみぞ知る


イギリスの港町のごくごく貧しい家庭で育ったハリーという少年。
港町をほっつき歩くことが好きでなかなか学校へと足が向かなかったハリーだが、 オールド・ジャック・ターという謎の老人に出会ってから、彼の元で好奇心を旺盛に勉強することとなる。
勉強も聖歌隊での歌も高く評価され、お金持ちの子弟しか入れないような学校へと進学し、寄宿をする。

ハリーの進学の陰には母親の涙ぐましいほどの努力があったわけだが、彼女は努力だけの人では無かった。実に才能豊かな女性だったのだ。

戦争で亡くなったと聞かされていた父親についての真実が、だんだんと明らかになって行く。

富裕層の息子達からいじめや嫌がらせを受ける中、同じ大富豪の御曹司ながら彼をかばってくれ、家にまで招待してくれる友人。
その友人の家族の中でも何故かその父親だけがハリーに冷たい。

そんなことの理由もやがて明らかになっていく。

ジェフェリー・アーチャーが書いた「全英1位ベストセラー」と聞いて、久々にジェフェリー・アーチャーの長編を味わおうと思ったが、なんと上・下巻を読み終えてもまだまだ物語は序の口といったところ。

クリフトン年代記 第一部 とあるので、続きものであることは覚悟していたが、それでも上巻・下巻とたっぷり枚数を使っているんだから、それなりに「時のみぞ知る」で完結はして欲しかった。

クリフトン年代記 はさらに別のタイトルで続いて行く。

時のみぞ知る(上): クリフトン年代記 第1部 ジェフリー アーチャー (著)  Jeffrey Archer (原著)  戸田 裕之 (翻訳)



ブラックボックス


自分達で村を作って農業したり、東京湾に魚を呼び戻そうとしたり、無人島を開拓したり、ということをやっている日曜日のテレビ番組がある。

その番組の中で「0円食堂」という企画がある。
0円、即ち放っておけばゴミとなってしまうものを材料に料理を作ろう、というもので、食材の余りやら、見た目が悪く売り物にならない野菜やらを0円でもらって来て、食材に使って、おいしい料理を作ってしまおうというものだ。

地域の道の駅なんかで売られている食材を見て、作っている工場などにアポ無しで突然訪問する。
それまでにもこの番組、ガソリン無しのソーラーカーで日本を一周するとかで、その道々で、食品工場などいくらでも訪問しているのだが、偶然訪れたように編集しているが、それらがいかに周到にアポイントを入れていたものか、がよくわかる。
アポ無し訪問に対する不審のまなざし。それから徐々にテレビクルーを連れた有名芸能人が来たのか、と態度が豹変していく。

実はアポ無しで食品工場へ訪問するなんて、そのうちトラブルになるんじゃないかと実はヒヤヒヤしながら見ているのだ。
ミートホープの様な例は稀だろうが、もっと強い小さなことを大目に見ているところは多かれ少なかれあるのではないだろうか。
いきなり来たテレビクルーなんかに撮られてしまったら、逆ギレされかねない。
ほとんどの食品工場は衛生第一、安全と安心をお届けするのだろうが、それでも自社で作った惣菜などは絶対に食べませんよ、などという話は結構こぼれている。

衛生管理に徹すること、これは日本の食材提供者達の必須命題なのだろうが、この物語に登場する食品達はどうなのだろう。

海外からの研修名目で来日した女子が夜通し働くサラダ工場。

黄色い完全殺菌の液体に浸された野菜。ツヤ出しのための薬品などを用いると普通、一日でしなびてしまうはずの野菜達が2~3日売れ残ってもしなびることなく、テカっている。永年ここで働いているベテランパートは、ここのものを食べたら死ぬよ!自分の孫には絶対に食べさせない!などと後輩にしゃあしゃあという。

このレベルでも相当だが、案外我々も口にしているのかもしれない。

地産地消。安全で農薬を使わず、天候にも左右されない農業。
大雨、暴風雨、強風、日照り、害虫・・などの幾多の自然、天候の気ままに左右される農業はもはや生産をするというよりもバクチをしているようなもので、こんな状態では攻めの農業など出来ない。
キチっとした生産計画に基づいて必要な受注分は必ずその日にお届けする、これでなければ、農業に未来はない、という素晴らしい理想を掲げたに見える法人による完全工場の農場。

はやりの有機農業と言ったところで、隣の農家が農薬を散布すれば農薬は交る。
自然の肥料のつもりがその肥料に使う生ゴミに農薬の入った野菜くずが交れば、検査結果で、無農薬の烙印を押してもらえないかもしれない。
それに何より有機農業、無農薬農業は高くつく。

そんな問題を外の世界から完璧に切り離した完全滅菌の工場生産で解決しようという。
太陽の光は使わない。
強すぎたり、曇ったりに左右されないように。
LEDのライトが24時間野菜を照射する。
完全滅菌のため外の菌は一切入り込まないようにする。

その工場で作られた野菜や野菜を使った食材やらがその地域を独占していく。
ファミリーレストランの店はもとより、学校給食も、そして病院の給食も・・。

絶対安心安全の食材が食べられているはずのその地域で何故か子供達に次々と発生するアレルギー。
命を落とすケースも出てくる。

しかし役所が定めた安全基準には完璧に合致している。
叩かれるはずがない。

主人公の女性は深夜勤務で日本人のパートとしては唯一、ファイリピーナやペルー人や中国人の研修生という名の労働者と共に働き、彼らの身に起きたことを見て危険を察知する。

シロウトの我々から考えても無菌状態だの、太陽の光に当てないだのと、それだけでもいかがわしいし、不健康なシロモノだ。
無菌状態でしかもLED光のみしか浴びてないので、あまりに無味なので、出荷前にこれまたナノテクノロジーレベルの味付け材が浴びせられる。

なんだか攻める農業に水を差すような話だが、この深夜勤務での食品工場でのあり様などは、リアリティ満点で実際に体験せずにここまで書いたとしたら凄い想像力と言うしかない。

ただ、残念なのはその会社をバックで支援するのは保守党議員であったり、その保守系の市長であったりする。
なぜ、そんな政治色を盛り込む必要があるのかなぁ。
せっかくのお話なのに、そんなところでしらけさせて欲しくは無い。

この物語では会社側に悪意があったことになっている。
会社側は海外の研修生を劣悪な環境で安くこき使い、会社の悪い噂は封印し、地元農家を騙し、消費者も騙し、尚且つ工場長は海外から来た若い女性にセクハラしまくる。そんな悪い会社に描かなくったって、この会社の謳い文句である「本当に日本の農業の未来を考える」会社だったとしたら、どうか。
彼らはこのやり方なら、アフリカの砂漠のまん中でさえ農業が可能。世界の農業を変えると豪語するが、善意ある会社だったらもっと怖くはないか。

太陽の光も浴びない、無菌状態の野菜などそんな不健康なものを人類が食べはじめたらどうなる。
幼い頃から食べ続けていたら、それこそ菌に対する抵抗力の無い子供に育ってしまうのではないだろうか。

無菌ほどこわいものは無い。

ブラックボックス 篠田節子 著



償いの椅子


もし、警察という巨大組織が組織ぐるみで犯罪を犯したとしたら・・。
もし、警察の中でも特別に秘密のベールに覆われた公安という組織が、組織ぐるみで犯罪を犯していたとしたら・・。

この本では、警察の外部団体の財団法人が隠れ蓑になり、公安職員というとんでもない情報を得て来られる連中を配下に置く男達が、組織を使って犯罪を行う。
決して組織ぐるみではない。
組織を利用した一部の人間達の犯罪だ。

公安という特殊性がそうさせるのだろうか。
一般の警察の捜査では行われないような異様な命令を部下達は、たんたんとこなして行く。

主人公はその公安側ではない。
その公安組織に目を付けられた車椅子の男。

5年前のある事件以降、すっかり姿を消していたその男が現われるところから物語は始まる。
5年前に誰かに嵌められて、自ら親と慕っていた人を亡くし、自らも銃弾を浴びて、その生存すら危ぶまれていた男が、車椅子の姿で舞い戻る。

自らとその親にあたる人を嵌めた連中への復讐が目的なのか。

真相はラストのシーンまでわからない。

まさにハードボイルド小説。

いささか、ハリウッドの映画じみた小説ではあるが、分厚い本でありながら、一気に読ませられる、面白い展開の一冊。

償いの椅子 沢木冬吾 著