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バーティミアス ゴーレムの眼

『バーティミアス サマルカンドの秘宝』に次ぐ2作目。
「世界31ヶ国で出版 ハリウッド映画制作中」と本の帯には書いてある。このシリーズも相当人気があるのでしょう。

ナサニエルは『サマルカンドの秘宝』での活躍が認められ(大半はバーティミアスの活躍だった様な気もしますが・・)
「ジョン・マンドレイク」という公式名を持ち、わずか14歳で国家保安庁の役人となり、15歳にして国家保安庁長官補佐官。
いやはや順調な出世ぶりです。

この『ゴーレムの眼』ではナサニエルは終始、鼻持ちならない生意気な小僧そのものです。
それでも読者というもの悲しいかな、主人公に感情移入してしまうものなのですねぇ。

いや、正確には主人公はバーティミアスなのでしょうが、なかなかこのバーティミアスへの感情移入は難しいですよ。
なんせ古代エジプトから古代ギリシャ、ローマ帝国やらの世界史をかじっている博識でなければなかなか感情移入出来ないでしょう。

『ゴーレムの眼』では鼻持ちならないナサニエルよりはるかに嫌悪感を抱かせる人物が登場します。
ナサニエルの上司、国家保安庁長官であるタローという人。
顔や手が黄色い。様は肌が黄色で気持ちが悪いって。
「タロー」という名前といい、肌が黄色い事といい、これって日本人をパロディってんじゃないの?
そうだとしたら、なんか夏目漱石のロンドン留学の悲哀を思ってしまいますね。
森鴎外がドイツ留学時代に熱烈な恋愛を謳歌したのとは正反対に漱石はロンドンの街でショーウィンドゥに映った自らの姿を見て、「醜い」ともっぱら部屋にこもって読書生活をしたと言われています。

とは言うものの「タロー」が何のパロディだろうと、イヤなヤツであるのに変わりは無いですが。。。

この2巻目の主役はレジスタンス団の一員であるキティとそのレジスタンス団を捜査する側の責任者であるナサニエル、そしてもちろんバーティミアス。

レジスタンスが生まれなければならないという事は魔術師達による独裁と一般人に対する差別があるからなのですが、その魔術師達も生まれもっての魔術師という訳じゃない。
貴族の子が貴族だというのでは無く、元はと言えば捨て子だったわけで、実の両親は一般人なのでしょう。
ならば、一般人も呪文を勉強すれば魔術師に対抗出来るのでは・・などと思ってしまいますが、特権階級である魔術師達がその特権を簡単に手渡すはずが無いですよね。

ジョナサン・ストラウドという人、歴史やアラブ民話なんかも詳しそうですが、なかなかに大胆ですよね。
この物語に何度も登場するグラッドストーン、偉大な魔術師帝国を築いた宰相。
その墓を荒らしたために墓守をしていた「ホノリウス」というアフリートにグラッドストーンの骸骨姿でロンドンの街中をピョンピョンと飛び回らせる。

グラッドストーンって19世紀後半の実在の英国宰相でしょう。
日本で言えば徳川家康ぐらいなら歴史上の人物としてもてあそんでいる作家はいくらでもいるでしょう。
でもグラッドストーンあたりであれば、日本で言えば少々の年代の相違はあれどほとんど伊藤博文あたりに相当しませんか?
私個人は伊藤博文を尊敬しているわけではありませんが、近代日本の初代宰相。
今やようやく憲法改正論議が出て来ましたが、そもそもは明治憲法があっての近代日本。
伊藤博文は近代日本創始者に近い人物という位置づけなのではないでしょうか。
英国にとっての同等の人物を骸骨姿で飛び回らせるって話を書いている様なものじゃないの?

しかも「ホノリウス」ってローマ帝国の残忍な皇帝の名前じゃなかったでしたっけ。
バーティミアスがアルキメデスに知恵を貸したり、なんて言うのはご愛嬌の範囲でしょうけど。

てな事はさておき、なんか3作目の展開が見えて来た様な気がしないでもないですよ。

バーティミアスがキティに語る。
カルタゴの没落、ペルシャ帝国、ローマ帝国の没落、魔術師達がその権力の座にあぐらをかいている内に、魔法への免疫力をつけた平民達が蜂起して魔術師達をその座から引きずり下ろす、という繰返し行われる魔術師達の反映と衰退の歴史を。
そして歴史から学ぼうとしない魔術師達の愚を。

そしてキティはそれをバーティミアスから学び生きている。
という事は・・・。
キティがジャンヌ・ダルクの如くに皆を鼓舞し、キティを支える民衆の一斉蜂起・・なーんて。
それは3巻目のお楽しみ、という事で。

バーティミアスⅡ ゴーレムの眼  ジョナサン・ストラウド (著)  金原 瑞人 (翻訳)  松山 美保 (翻訳)



バーティミアス サマルカンドの秘宝


ハリーポッターの物語では、魔法界とマグル(人間)社会では切り離されて、同じイギリスの中に人間界の政府があり、魔法界の魔法省がある。マグルはマグルの学校へ、魔法使いは魔法学校へ、各々が同じイギリスの空間に住みながら、棲み分けられているのに比べて、この物語の世界では、魔術師と人間はお互いの存在を知って、そして共存しています。
共存というより、魔術師が人間を支配していると言った方が正確でしょう。
魔術師は魔法使いの様に自ら魔法を使うのでは無く、妖霊といわれる悪魔を召喚し、その悪魔の助けをもらって、存在力を誇示する。

この物語ではイギリスの総理も大臣も官僚も支配階級は皆、魔術師なのだそうです。
そう言えば、鉄の女・サッチャーなどはそう言われてもおかしくないかな・・。
チャーチルはもっと人間臭いかな。
ブレア首相はやっぱり人間かな?そう言えばブレア首相もそろそろ退陣だとか・・・。
などとつまらない妄想にひたってしまいそうですが、人間臭いと言う表現は実は正しく無く、魔術師は人間そのものなのです。
先天的な才能では無く後天的な努力。つまり徹底した教育もしくは独学によるものです。
この魔術師の人達、どうも子供を作らない主義の様です。
世襲制度は無い。
政府が売られて来た子供(捨て子の様なものか)を順番で魔術師に弟子として引き取らせる。
子供が好きだろうが嫌いだろうが、関係無く。
世襲制度は名門を生み、派閥を生み、いずれ抗争事件へと発展するからという理由から。
そういう意味では魔術師は特権階級と言いながらも一代限りな訳であって、おそらく貧困の為に捨てられた捨て子が次代の特権階級になる、という非常にユニークな支配形態です。
また、魔法使いの様に何百歳も生きるという訳では無いですし。

この本の印象としてはやはりイギリスはプライドの高い国なんだなぁ、という点。
もちろん物語の上での話なのですが、中華思想の如くに大英帝国時代そのままの大イギリス思想と言いますか、イギリスで一番つまり世界で一番みたいなところがあります。

現に世界で一番通用する言語は英語ですしね。その普及頻度にはアメリカの貢献も大きかったでしょうが、なんと言っても英国で生まれた英語ですから、言葉の世界でも元祖。
世界で一番人気のあるスポーツのサッカーもイギリスが元祖。

主人公はナサニエルという少年の魔術師見習いと彼が召喚したバーティミアスという悪魔。
バーティミアスそのものは「悪魔」と呼ばれる事を嫌います。
ジンと呼ぶのが正しいそうです。
妖霊といわれる悪魔は強い順にマリッド、アフリート、ジン、フォリオット、インプ。
いわゆる異世界の住人達で、妖霊とも精霊とも魔物とも怪物とも悪魔とも呼ばれ方はさまざま。
ここでは悪魔としておきましょう。

この悪魔というのが、何百年、何千年の昔からの存在で、魔法を扱える。それだけ歴然とした力の差があれば、悪魔が魔術師に仕える必要は無いと思うのですが、そこがルール、掟というやつですか。
ペンタクル(五芒星)の絵の中から魔術師に召喚された悪魔はその命令を聞かなければならない。
ですが主人に対する忠義心などはかけらも無く、その裏をかこうとする。

バーティミアスの場合もそのあたりは抜け目がなさそうなのですが、どうも主人に対する愛情と言うかそこまでしなくても、と思えるほどに主人思いなのです。
バーティミアスが語り部になっている章ではやたらと注書きがあります。
またその脚注が面白い。
バーティミアスの独り言と言うか頭の中でのよぎった事、もしくは読者に対するサービスが書いてあります。
脚注など面倒だから、飛ばしてしまえ、とばかりに本文だけを読んでしまうと損をしますよ。
バーティミアスの背景、物語の背景が書かれていますから。

どうもこの本によると、いやバーティミアスの独り言によるとこの地球上の歴史の様々な出来事は全て、悪魔の仕業によるものらしいのです。

それにしてもハリーポッターと言い、バーティミアスと言い、イギリスという国にはこういう物語を発想させる何かがあるのでしょうか。
そういう日本だって忍者もの忍術ものは多いです。
忍術だって一般人からしてみれば魔術みたいに見えるかもしれない。
ですが忍術は魔法の様な異世界のものでは無く、あくまでも人力の範囲。
それは忍者の技術であったり、相手の目の錯覚を利用したものであったり・・・。
それに日本の忍者はマンガにある様なものでは無いとしても実在しました。
となると・・・。イギリスには魔法使いや魔術師と言われる人達が実在したのかもしれませんね。

バーティミアスⅠ サマルカンドの秘宝  ジョナサン・ストラウド (著) 金原 瑞人 (翻訳) 松山 美保 (翻訳)



ダークエルフ物語


R.A.サルバトーレのベストセラーの『アイスウィンド・サーガ』(確か本の帯には世界2千万部と書いてあった様な・・)の中に登場するダークエルフの二刀流剣士ドリッズトは孤高の人でなんですよね。

テンタウンズ(十の街)に迫る危機を事前のキャッチし、街を危機から救うのですが、その手柄は他人のものとし、フードを被って街の人からは相変わらず無気味がられる役割り。

ダークエルフ物語は、ドリッズトの過去を語る物語なのです。。
ダークエルフ物語を読めば、なるほどドリッズトはだから一人で居たがる理由が良くわかります。
人々がダークエルフを嫌う理由も。

ダークエルフの住む街「メンゾベランザン」。
3万人のダークエルフ(ここではダークエルフと言う呼称より寧ろ「ドロウ」という呼称の方が良く登場します)が生き、その内貴族は十分の一の3000人。
その貴族の中でも最上位にあたるのが、「8分家」と呼ばれる一族達。

各家を支配するのが「慈母」と呼ばれる一番年長の女性。
そう。このダークエルフの社会、男尊女卑ならぬ女尊男卑なのです。
女が男に命令し、同じ兄弟姉妹であっても男が上に立つ事は無いのです。

下位の家は常に上位を狙い、上位でも力の弱い家、蜘蛛の女神ルロス(これが彼らダークエルフの神らしいのですが)に不興を買った家などは下位の家からの標的となります。

標的とはつまり
「闇撃ちにしてその一族を惨殺する。一人の生き残りも残さない」というのが決まりで、事前に攻撃する事がばれたり、一人でも生き残りを出してしまえば、今度は攻めた側が潰される。そういう掟の社会なのです。

闇撃ちはあざやかであれば誉められる事であっても責められるべき事ではありません。
そしてどこの家が闇撃ちをかけたのかはわかりきっていてもそれを表だって話す事は禁句。

闇撃ちの様なやり方は家と家だけで無く、個人と個人でも日常茶飯事。
裏切り、だまし討ち、虐殺・・・この世で邪悪と呼ばれるものが常識の世界。

学校らしきものもあり、そこでは徹底的に地上世界の住人、つまりエルフや人間を「悪」として教えています。
いわゆる洗脳教育ってやつですか。

子供達は人間やエルフを邪悪なものとして刷り込まれ、疑いすら持たない。
そのあたりは独裁政権が仮想敵国を作って、それを悪だ悪だと教育する姿ですとか、攻撃的な新興宗教が廻りは全て敵というのに似ているのかもしれませんね。

ですが、ちょっと待って欲しい。
邪悪が正と教えられる世界なら、それよりも悪は寧ろ尊敬すべき存在なのではないのでしょうか・・・。
などという突っ込みを入れてしまってはファンタジーは読めませんよね。
要は彼らにとっては敵。それだけでいいのです。とにかく敵。

この一家が一家を襲撃する、というのは何も家族だけで行う訳では無く、互いが抱えている兵士同志が戦って、最後にその一族を殲滅するのです。
第一分家ではその数1,000名。ドリッズトの生まれたドゥアーデン家でも300名の兵士を抱えています。

しかし、とここでもまた突っ込みを入れたくなってしまいます。
兵士、日本の武家社会で言うところの武士は鎌倉時代に遡ってもいわゆる本領安堵、所領支配を保障する御恩に報いるために仕えるものじゃないの。

それが戦国時代、江戸時代であろうと何百石何人扶ちという処遇を与えられての奉公ではじゃないの?

このダークエルフの裏切りの世界にあって、兵士は一体全体何を保証してもらっているのでしょう。
そもそもこの地下の暗闇の世界で農業が行われているはずも無く、何を持って食い扶持にしていたのでしょう。

それにですよ。裏切りが「正」の世界で兵士の数など、何の意味があるでしょう・・・。
ウン。突っ込みはいくらでも出て来ますが、そんな事ではファンタジー小説は読めません。

すっと流そすのが十全。
あれ?十全って決り文句誰かの口ぐせだった様な・・・いえ単なる気のせいです。

この裏切りや虐殺を美徳とする地下都市メンゾベランザンにあって、唯一その思想教育に馴染まなかったのが主人公のドリッズト・ドゥアーデン。

唯一というのは正しくは無いですね。
その剣術の師範であり、実は慈母マリス・ドゥアーデン(ドリッズトの実の母親にあたるのですが、お母さんなどと言おうものなら速攻で鞭が飛んで来ます。あくまで慈母マリス様なのです)にもてあそばれたザクネイフィン(実の父親)もまた、その社会に馴染めない人間でなのでした。

旧ソビエト連邦では無いですが、その思想に疑問を持つ人は亡命か流刑地しか有り得ないですよね。

という事で、ドリッズトはその世界を飛び出す事となった訳ですが、なんともはや40年生きているにしてはもドリッズトの思考のなんと幼い事でしょう。

500歳は生きるというダークエルフの寿命からすれば、40年なんてまだまだ子供なのかもしませんが・・・。
虐殺世界の反動なのでしょうか。
一切の殺生を禁じてしまっては地底世界で生きていけるはずも無いでしょうにね。

いずれにしろそういう過去(前提)があっての『アイスウィンド・サーガ』のドリッズトだったわけですね。

『ダークエルフ物語』は、第1巻「故郷、メンゾベランザン」、第2巻「異郷、アンダーダーク」、第3巻「新天地、フォーゴトン・レルム」の3巻からなります。
3巻積み上げてみるとその分厚さを見てちょっと臆してしまいそうですが、読み始めると一気に読めてしまいます。

『アイスウィンド・サーガ』をご存じない方もじゅうぶん楽しめる本だと思います。
ちなみにこの文字色、読みづらいでしょ。
ドリッズトの目の色、ラベンダー色に指定させてもらっています。

ダークエルフ物語(1) 故郷、メンゾベランザン  R. A. サルバトーレ (著)  笠井 道子 (訳)