カテゴリー: ア行



残り全部バケーション


伊坂という人、憎めない悪人書かせたら天下一品だな。
悪人というカテゴリに押し込めてしまっていいのだろうかとさえ思えて来る。
要は合法的でないことを「なりわい」とする人たちか。
裏家業の派遣屋さんみたいな表現を登場人物が言ってたっけ。

ベテランの溝口と若手の岡田という二人の裏家業コンビが主役の小編がいくつか。
岡田君は憎めないどころか。心優しい男。

「残り全部バケーション」
夫の浮気が原因で夫婦離婚。娘も一人住まいを始めようという一家最後の団欒の最中に父親の携帯に入って来た「友達になりませんか」という無作為メール。
常識的には削除して終わりだろうが、「友達になってみようか」って父親、何考えてんだか。母親も「いいんじゃない」って何考えてんだか。

普段は人を脅していくらの世界で生きているくせに、父親から虐待を受けている子供を助けたくって仕方がない岡田。
誰が何言ったって、その場限りで終わりだ。大きくなるまで辛抱しろ、とすげない溝口。どこで考えたのが、ターミネータの映画さながらに未来からその虐待父親がやって来て本人の説教させる演出を編み出してしまう。
この「タキオン作戦」という一編は傑作だ。

自分の父親が外国で活躍するスパイだと思い込んでいる小学生。
その同級生が岡田。
岡田の小学生時代が書かれているのが「小さな兵隊」。
岡田は同級生から何を考えているのかわからないやつ。「問題児」扱いされているが、問題児ならその答えとなる答え児もあるんじゃないか?
すごい発想だが、岡田の問題行動には確かに答えがあった。
彼は問題児でもなんでもない。
勇気あるれる正義感の強い子だった。

最後に溝口もいい味だしてる。
「とんでもない」という時に使うらしい「飛んでも八分、歩いて十分」というはやり言葉。
「飛んでも八分かかるなら歩くのと二分しか違わねーじゃん」
とくさす男に、それでも飛ぶだろ!飛びたいじゃねーか!と言い返すあたりはオッサンなのに可愛らしい。

冒頭の一家が最後の一編のどこかで登場するのが伊坂風だろうと思ったがさすがにそれは無かった。

圧巻はラストのあたりだろうが、それは書かない。

早く言ってみたいものだ。

残りの人生、全部バケーション!

残り全部バケーション 伊坂幸太郎 著



県庁おもてなし課


かつて高知県にパンダを誘致しようと提案した県庁職員が居た。
まだ上野動物園にしか日本にパンダが居なかった頃の話。
西日本の動物園客を全部高知県へ引っ張って来ようじゃないか。
高知市も高知県も動物園をという時期に二つを一緒にしてしまえばいい、という県庁のお役人さんにしてはかなり自由度の高い提案をぶちかますが、あえなく撃沈。
そういう過去の逸話が冒頭にあってから始まるのが、この「県庁おもてなし課」。

高知県庁におもてなし課が発足し、高知県出身の有名人に観光特使となってもらって、高知県をPRしてしてもらおうという試みがスタートする。
観光特使となってもらった著名な若手作家先生からの「一ヶ月たっても何の音沙汰も無い。あの話は流れたのか?」との問合せから始まって、その作家から何度も何度もダメだしを喰らう主人公の県庁職員。
作家先生はダメだしを出しているようで、次から次へとその職員へアイデアを提供してくれていた。
それをアドバイスだと取るかクレームだと取るかは受け手の問題。
この職員さんの素直でいいところはそれをアドバイスだと受け取ったところ。
それを実現して行こうとするが、常にぶち当たるのが、お役所という組織の壁。
何をしても空回りの中、主人公氏は作家先生へ助言を求める。
そして助言してもらったのが、外部スタッフの受け入れ。若い女性でフットワークが良い民間の人であること。そしてどんな意見であってもその人の言葉を第一命題として受け入れること。
そしてもう一つが、かつて県庁内にあった「パンダ誘致」の提案を調べてみること。

パンダ誘致論を唱えた人は、強烈な人だった。
おもてなし課へ来るなりぶち上げたのが、「高知県まるごとレジャーランド化計画」。
高知ほど自然の恵みを豊かに受けている都道府県が他にあるか?
東西に長い海岸、四万十川をはじめとする一級河川。川に関しては絶対に日本一。そして手ごろな高さの山。
これをフル活用しようというもの。予算は軽く見ても20億。

パンダ誘致論者の元職員が去った後、交通手段では不便極まりない馬路村という過疎の集落を訪れた主人公氏、そこで体験したことで目が覚める。

都会から来る人は便利さを求めて来るわけじゃない。不便さを楽しみに来ている。
新幹線もない。デズニーランドもUSJもない。金も無い。ないないづくしの高知に必要なのは交通インフラなどではない。

新たな予算で取り組んだのがトイレの充実、交通標識の整備、そして情報発信。
そして何より金のかからないのが県民一人一人のおもてなしマインド。
高知名物と言えば桂浜の坂本龍馬像だけじゃない。料理といえば皿鉢料理だけじゃない。
地元の人が当たり前に思って気付かないだけで、長い海岸線へ行けば、ホエールウォッチングも出来れば海亀の産卵も見られる。
山側にはパラグライダーの名所がある。
それに、どこへ行っても地元地元の食材を使ったうまい料理が山ほどある。
これを知らせる努力をして来たのか、と。

日本の「お・も・て・な・し」は五輪誘致に当たっての国としての公約のようなもの。
はたまた、今や地方再生は国の重要政策。
地方再生と言えば箱物へと走ってしまっているのが過去の行政だ。
この本にある話は高知に特化した話じゃない。
あらためて今だからこそこの本を手にとってみれば、何かのヒントにはなるのではないだろうか。

ちなみにパンダ誘致論者はフィクション。もちろんこの本そのものがフィクションではあるが、高知県庁におもてなし課は存在し、冒頭の観光特使となってからのぐだぐだのやり取りは作者の有川氏の実体験を元に書かれているのだという。

県庁おもてなし課 有川浩著



バージェス家の出来事


アメリカのメイン州で育った兄妹3人。

長男がメイン州を出て、次男のボブもメイン州を出てニューヨーク暮らし。
妹のスーザンだけは息子と共にメイン州にとどまっている。

長男のジムは有名な事件の無罪を勝ち取りアメリカ全土で有名になったようなエリート弁護士。
やり手ではないが、気の優しいボブ。

そんな二人の元に事件の連絡が入る。

スーザンの息子のザックがソマリ人の集まるラマダンの晩のモスクにあろうことか、血の付いた豚の頭を投げ込んだのだ。
中に居た人々の恐怖は相当なものだ。
小さい子供はトラウマになるかもしれない。

その事件をきっかけに二人の兄弟はメイン州に帰る。

メイン州というのは、若者は大学進学とともに地元を出て行き、そのまま帰って来ない。なんだか日本のあちらこちらの地方を思い起こさせる。

そこへ、ソマリアから大量に移民が入って来て、町の雰囲気は彼らが過ごした子供の頃とは一変している。

実際にはソマリアと言っても比較的治安のいいソマリランド、海賊国家ブントランド、治安の悪い南部ソマリアなどいろいろあるのだが、アメリカ人にとってソマリアなんて聞いたことのある人は稀だろう。
せいぜいソマリア=海賊と紐付くぐらいか。

移民が大量に来たってそんな程度の認識。

アメリカはもとより移民国家だ。
それでも住民が減少傾向にある地域で、大量に来た人々が、英語も話せず、女性はブルカを被って表情も見えない。
そんあ異教徒集団が集まって来てしまう、というのは気持ちのいいことでは無いだろう。
だからと言って、彼らにとって最も苦手な豚のしかも頭とは。

最も、この事件で一番傷ついたのは事件を起こした当の本人のザックだったのだ。

事件後もゆうゆうとしていた長男のジムだったが、ザックが行方不明になったことをきっかけに壊れ始める。

もうそれぞれ50歳を超える年になった兄妹なのだが、人生年をとっても何がきっかけで何が起こるかわからない。

そんなことを考えさせられる本だった。

バージェス家の出来事 エリザベス ストラウト 著  Elizabeth Strout著 小川 高義 (翻訳)