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君のクイズ



六人の嘘つきな大学生


大学生の就活の話。就活の時期は大震災があった年ということなので2011年なのだろう。だとしたら、民主党政権時代で結構就職が厳しい時代だったと思う。
就職氷河期と言ってもいいぐらいじゃなかったじか。
2024年の今とはだいぶ様相が異なる。
当時は企業は選ぶ側、現在はというと学生が選ぶ側。

当時の学生は内定が取れないので何社も何社も受けていたが、今は選ぶ為に何社も何社も受けて、内定を複数もらうのは当たり前のご時世。

といはいえこの本に登場するスピラリンクスなる会社、5000人以上の応募の中から、複数回の選考を経て、最終参考まで残しているのが、たったの6名。さらに選考が続くなんて、企業側のコスパ悪すぎじゃないのか。
都度都度の会場費、運営スタッフの人件費、諸々を考えたってどう考えたって途中で締め切ればいいだけの話。

この話、途中まで読んでやめた人が居たとしたら、その人が応募する側であってっも、採用する側であっても採用活動に対して嫌悪感しか残らず、不幸な結果を招く本になっていただろう。

最終候補6名に絞られた中で採用側から告げられたのは、その6名で一ヶ月かかってのグループディスカッションを行い、企業側へのプレゼンを行って欲しいというもの。
内容が良ければ、6人全員採用もあるし、採用者0もある。

で、6名はそれぞれの持ち味を活かしてどういうアプローチをするかを皆で定期的に集まって練り上げる。
その段階ではどう考えたって全員採用OKだろうと、思われたが、プレゼン直前になって、採用は1名になったとの連絡が企業から来る。
プレゼンをするはずが、その日は6名全員でその一人を選んで欲しいというもの。
なんじゃそりゃ。
これまで、調査して来たこと、話し合って練り上げて来たことが全部パーになる。

で、話し合って決めるといったって、結局投票しか手段は無い。
何分かおきに自分以外の誰かを投票する。

第一回目の投票の後、事件が起こる。
全員宛ての封筒が見つかり、その中には○○さんは、過去にこんな事をやってました、という暴露ネタが封筒に入っているのだ。

一通目の封筒を開けてしまったので、もうその場はパニック状態だ。
残りを開けるか開けないかで言い争いになり、誰がこんなものを用意したんだ、と疑心暗鬼になり・・。

と書けるのはせいぜいこのぐらいまでだろう。

これ以上書くとネタバレになる。

それにしてもそこまでして入りたい会社なんて本当にあるのか。

入ったら本当にバラ色の人生になると信じているのか。

最後の最後でこの話はほっこりとした気分にはなるが、就活ってなんだろう、とあらためて考えさせられる一冊だ。

六人の嘘つきな大学生 浅倉 秋成/著



同志少女よ、敵を撃て


この本が本屋大賞を受賞してその受賞インタビューに応じる時のこの作者の居心地の悪そうな姿、未だに印象に残っている。
なんせ、受賞が決まった途端に、ロシアのウクライナ侵攻が始まってしまったのだ。

この本、ナチスドイツがソ連へ侵攻するさなかのロシア(当時のソ連)側の女性スナイパーを描いた作品。
まさにロシアーウクライナの真逆なのだ。

ソ連の地方の村に平和に暮らす村人たち。そこで母親と漁師をして暮らす主人公セラフィマ。
モスクワの大学への進学も決まり、前途洋々だったはず。
そこへたまたま通りがかったドイツ兵に村人は惨殺され、母親も撃たれて死んでしまう。
これもウクライナ、キーウ近郊のブチャなどで民間人が虐殺されたことと被ってしまう。
ソ連の小隊が来て、彼女は助かるのだが、ウクライナとの違いは、ソ連の部隊は一度ドイツ軍の入って来た村は完全に焼き尽くしてしまう、というところか。
下手に残しておくと、敵の補給基地に使われてしまうかもしれない。

そうして主人公セラフィマはふるさとも、家族も、知り合いも全てを失ってしまう。
その彼女を狙撃兵の訓練施設に連れて行ったのは彼女の村を焼き払った隊の女性隊長。
その施設での訓練は一般の軍隊の訓練とは全く異なる。
物理の勉強やら机上の勉強にかなりの時間を割くもの。
スナイパーというのは物理の法則にも精通していなくてはならないらしい。

戦況はドイツ軍の侵攻に対し、徐々にソ連が押し返して行く。
これもウクライナ同様で、侵攻する側より、侵攻された側の方がはるかに高い士気を維持し続けられるということなのだろう。

また、今のロシアがというよりもプーチンがウクライナを「ナチ」とさかんに呼ぶのも、この第二次大戦の時のにっくきナチスドイツと相手を重ねる事で国民を鼓舞する狙いがあるのだろうが、それが成功しているのかどうかは不明だ。

実戦を重ねる毎にこの主人公セラフィマも敵兵を何人殺した、と言う事を自慢しだすようになっていくのをこの作者は衛生兵の言葉を借りて戒めているように思う。

ウクライナの戦い、いつまで続くのか、未だ終わりが見えないが、兵器は違えど、行われている事はこの70年も前の戦争と同じ事が行われていることになんとも虚しさを覚える。あの大戦から人類は何を学んだろうと。

いずれにせよ、一刻も早くウクライナに平穏な日々が訪れる事を祈るばかりだ。

同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬著