カテゴリー: ア行



幸福の王子


ご存じの児童向け図書の名作。
金で覆われた銅像「幸福の王子」が越冬に出遅れたつばめに頼んで、自分の身体をついばんで貧しい人、病気で苦しんでいる人へ届けてもらう、サファイヤの眼をくりぬいて運んでもらい、ルビーの刀の柄を運んでもらい、身体中を覆っている金を運んでもらい、ついには、かつて金ピカだった王子の姿はボロボロになり、破棄され、つばめは疲れ切って死ぬのだg、街には貧しさやひもじさで腹をすかせたり、凍える人はいなくなった・・・・という有名なあの話だ。

この児童書を曽野綾子さんが翻訳したというので、読んでみたくなった。
曽野綾子さんが翻訳したからといって本の内容が特に変わったわけではない。
訳者として一カ所だけ。王子とつばめが神様の元へ召されてかけられる言葉の箇所のみ手を入れたとご本人は書いておられる。

曽野綾子さんいわく、この本は子供向けの本では決してない、と。
字を読める年齢になった子供から、字を読み続けることの出来るすべての老人までを対象にした本なのだ、と。

曽野さんは「作家にこの一冊を書き終えれば死んでもいい」と思える作品があるとすれば、自分がオスカーならこの本を選ぶだろうと言い、もし生涯で一冊だけしか本を読めないとしたら、どんな大作よりもこの本を選ぶのだという。

何をしてそこまでのことを曽野さんに言わしめたのか。

つい先日も衆議院選挙があったばかりだが、立候補者の中には平和や愛の達成を口先で声高に叫ぶ人は多い。平和は平和を叫ぶだけでは達成しない。

その平和や愛の達成には、それなりの対価を伴う。

この王子はその対価として目を差しだし、やがては命さえ差し出す。
つばめにしてもしかり。

平和や愛の達成のために自身が盲目になることも厭わず、命さえ差し出してしまう。

その行為の尊さに曽野さんは胸をうたれたのだろう。

幸福の王子 オスカー・ワイルド著 曽野綾子訳



震える牛


捜査本部が置かれるような重要犯罪、それが一ヶ月もたって、状況が進展しないと、本部は縮小され、その後お蔵入りになって行く。
そんなお蔵入りの事件を任される、窓際のための部署が捜査一課継続捜査班。
その継続捜査班という本来、陽の当らない部署にあって、これまでお蔵入りして来た事件を解決に導いた老刑事が主役である。

この本は小説、2012年ミステリNO.1と帯には書いてあったが、果たしてミステリという範疇のものだろうか。
ミステリ小説という形態はとってはいるものの、内容は寧ろ社会派小説。
著者の凄まじいメッセージが伝わってくる。

事件は2年前の都内の居酒屋で起きた。

全身黒づくめで目だし帽を被った男が「マニー!マニー!」と叫びながら、レジから現金を奪う。
金目当てなら、現金を得たところで逃げるだそうに、客席へ行って、二人の客を惨殺してから逃走。
殺害されたのは、新潟の産廃業者の男と仙台の獣医師。
二人に接点は無い。
捜査本部は初動から「金目当ての不良外国人」に絞り込んだが結局行き詰まり迷宮入り寸前。
この事件を任されたのがその継続捜査班の老刑事。

方や殺人事件の犯人探しとは別の物語が併行して進んで行く。

全国に大型ショッピングセンターを拡大して行く大企業。
ショッピングセンター(SC)や他の大型チェーン店の進出により、地方都市の商店街はシャッター通りとなり、大抵のショッピングセンターは郊外に作られるため、車を持たない老人達は買い物難民となる。

その大型SCも進出当初はいいが、肝心のスーパーは利益率が低い。
高収益を支えているのが、店子として入っている、スポーツメーカーや衣料メーカーの一流店からの歩合収益。

これらも一流ブランドがどんどん撤退して行くと、先行きはどんどんあやしくなる。

集客が思うようにいかなくなると、そこを閉じてまた別の場所へ出店する。
そうして、地方を根絶やしにした後、撤退された後の地方には何も残らない。

そんな大手SCのやりように憤慨し、立ちあがるのが、一人のネット新聞記者。

彼女の奮闘により、SCの中で売られている加工肉製品がマジックブレンダーなる怪しげな、肉交ぜ機械で作られていることを突き止める。
そのメーカーこそが、まさに一時社会を騒がせたあのミートホープの社長と全く同じやり方の混合肉づくり。

後半で出てくる、BSEの問題、口蹄疫問題、原発放射能による牛に対する風評被害の問題。

食の安全を守りたい、地域の商店街よよみがえれ、真面目な農家を風評被害で苦しめるな・・・などなどいくつものメッセージが伝わってくるお話なのでした。

震える牛 相場 英雄 (著)



てのひらの父


女性三人が暮らす下宿屋に突然、管理人の不在交代でやって来たのが男の管理人。
「ニシオトモミ」という名前だけ聞いていた主人公(下宿人の一人)は、その怖い目つきのそのスジの人を思わせる紳士が臨時管理人だと知ってびっくりする。

その怖い目つきの管理人と女ばかり三人の下宿というミスマッチ。アンバランスこそ、稀に見る、いや稀にも見ない、理想の管理人さんなのでした。

下宿人の女性はそれぞれに結構深刻な悩みや問題を抱えていたりする。

年上の男が好きで、バリバリのキャリアウーマンの下宿人は年下の男に惚れられ、あろうことか酔った勢いの間違いで妊娠。

また、もう一人の下宿人は司法試験に向けて猛勉強の日々。
お父さんの容態が悪いので・・という家族からの電話にも一切出ようとしない。

主人公は、というとこれが結構深刻な就職活動中。
30半ばにして、大した資格もスキルも無いからと言っても、ここまで深刻な状況にはならないだろう。
彼女の場合は、書類審査OK、面談結果良好、でその次に就職担当者が「念のために前職への問い合わせをしてみます」と言ったが最後、その話は消えて無くなる。

もはや履歴書も書き慣れてしまい、履歴書を送るという行為も単純労働化しつつある。

そんなそれぞれに問題を抱える女性たちの住む下宿で、こわもての管理人はどんどんその存在感を発揮する。

ここに住まうのは空かの他人同士で家族ではない。

「家族は万能ではない。家族だからこそ救えないことはいくらでもある」

ここらあたりが、この本のテーマなのかもしれないが、何より、このコワモテのオジサンが、朝飯、晩飯付きの下宿で食事の支度をする。
律儀さ満点。
「私が仕事だと思ったら、それはもう仕事なのです!」
とおせっかいも満点。

何よりこのキャラクターの魅力が満点の作品でした。

てのひらの父 大沼 紀子著 ポプラ社