カテゴリー: ア行



シャングリ・ラ


地球温暖化の話題が沸騰中の頃の作品だわな。
いや、温暖化の話題や問題が決して消え去ったわけではない。
それでも、ここのところ、ニュースや新聞からもほとんど地球温暖化の文字は消えつつある。
この10月に導入されたばかりの環境税、これは温暖化対策のためだったはずだが、新聞、ニュースともあまりその本質にはふれないままに導入された格好だ。
他の製品価格の値上がりの中の一項目みたいな紹介のされ方だ。
温暖化による影響を述べていた国際機関の報告書が実は憶測によるものだった、ということや、温暖化で海の水位は実は上がらないという学者が話題を振りまいたり、といったことだけが原因ではないだろう。
やはり原発問題。
この問題で温暖化問題はメディア上からは見事に消し飛んでしまった。
メディアで温暖化の問題真っ盛りだった時に、CO2の排出量を取引するとか言っていたあの話は今はどうなったんだろう。

その温暖化への究極の対策を展開するのがこの物語なのだ。

その排出量取引は将来のマネーゲームになるだろうとかつて予想されていたが、この未来小説の中では世界に炭素税というものが導入される。
各国がはき出す二酸化炭素の量に応じて炭素指数という物差しが導入される。

その炭素指数こそが、この物語の世界のマネーゲームの根源となる。
世界金融は炭素経済に移行し、炭素指数が上がる国の通貨は暴落する。
その炭素経済を操るのがカーボニストと呼ばれるエリート達。

日本も同様で東京では、「アトラス」と呼ばれる空中都市へ人々は移住し、地上はどんどん森林化して行く。
アトラスとは東京の空中に地盤を作り、その上に七階層、八階層と階層を重ねて行く新都市だ。
一階層がビル群が建てられるほどの高さなので、何階層かを積めば富士山をはるかにしのぐ高さになる。

アトラスへ移住出来るのは中流より上の層の人達だけで、残った人々は地上でどんどん森林化される中で生きている。

3人の少女達が主役的な役割りで登場する。
その一人が、炭素経済の元となる炭素指数を自在に操るプログラムを作り上げ、炭素マネーを自在に動かす。

また、別の少女はアトラスへ移住出来なかった人達が作る反政府ゲリラの親玉となって、政府軍を翻弄する。

話の規模も大きいし、かなりの長編である。

方やマネー戦争、方や実際の戦闘、人工知能コンピュータ対人間とまぁ楽しめる本ではある。元柔道日本代表のニューハーフの存在も面白い。だが、如何せん長すぎる。

どう考えたって死んだんだろ、という人間を何回も生き返らせたりしているのは、雑誌か何かで連載していたからだろうか。

話を長続きさせようとしているようにしか思えないくだりが後半は続くのだ。

単行本化する時にCUTすれば良かっただろうに。

そして何より終わりに近づくに連れ、話はもうグダグダだ。

だんだんと収拾がつかなくなってきたのだろうか。

東京以外の日本がまるで描かれていないのはどうなんだ。

あとがきで筆者は東京のシンボルとはなんだったのか、にふれているが、この物語じゃまるで太古の都が東京だったみたいじゃないか。

それでもまぁ、脱原発で火力発電フル稼働の今にしてみれば、こんな近未来への想像たくましくなるというほんのちょっと過去もあったんだなぁ、という念も湧いてくる。

シャングリ・ラ    池上 永一著



モダンタイムス


日常、普通に使っている検索エンジン。それは自分の興味を持った事、知りたい事に辿りつくための道具だ。

それが、逆の使われ方をする。

ある特定のキーワードで検索をした人をシステムの方が特定し、検索する仕掛けが構築されている。
そのキーワードで検索した人は、その人のためにあみだされた手段で大変な目に会う。
ある人は強姦魔として拘留され、またある人はSE、プログラマーという職を遂行する上で最も致命的なことに失明する。
あの男にだけは寿命などないのでは、と思われた男が自殺をし、人を拷問することをプロとして行う男は拷問攻めに遭う。

一体、背後にはどんな組織がいるのか。
どんな目的でそんなシステムを作り上げたのか。

主人公達はその正体を追いかけるわけだが、話はどんどん鵺(ヌエ)のような世界になって行く。

誰も悪いヤツなどいない。新犯人がいる訳でもない。それぞれのパーツ、パーツを受け持った部品のような連中がいるだけで、ものごと、そうなるべくしてなっている。

ヒットラーだって、ムッソリーニだって、それに対抗したチャーチルだって、みんな、歯車の一部なんだと言う。
まるで、チャップリンの映画「モダンタイムス」の中で、産業革命でオートメーション化された工場の中の工員が、これじゃまるで歯車の一部じゃないか、と言っているがごとく。

タイトルに使うだけあって、チャップリンの名言がいくつも引用される。

「ライムライト」から。「独裁者」から。

・人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ。

そう言えばこの本では冒頭から「勇気はあるか」というセリフが何度も出て来ていた。

この「モダンタイムズ」同時期に書かれたという「ゴールデンスランバー」とよく比較される。
どちらも巨大権力というものに対峙しているからだろう。
でも私は「ゴールデンスランバー」より、「砂漠」を思い出してしまった。

「砂漠」に登場する西嶋という男は世界平和を願いつつも、することと言えば麻雀をひたすらピンフ(平和)であがろうとし続けることなのだが、彼はそれがどんなに小さなことであっても、目の前にある小さな悪を許さない。
小さな善を実行する。
そのための勇気を持ち続けている。
この「モダンタイムズ」を読みながら、その「砂漠」を思い出してしまった。

ここで何をしたところで、どうせどうにもならない。と諦めるか、目の前だけでも片づけるのか。

この本の舞台は今から半世紀ほど未来だが、さほど未来っぽさは感じない。寧ろ現代もののようにも思える。

いや、それどころかチャップリンの言葉のように時代を超越してしまっているのかもしれない。

モダンタイムス(上・下巻) (講談社文庫) 伊坂 幸太郎 (著)



星月夜


東京湾で見つかった若い女性の死体と老人の死体、二人の身元がわれても、どこにも接点が見当たらない。

この物語には二人の誠実な老人が登場する。

一人は殺害された女性の祖父。

岩手で農業を営むこの老人は息子夫婦を失い、さらに孫娘にまで先立たれる、という降りかかる最悪の事態の中、それを黙って飲み込む。

まさに昨年の大震災後に見せた東北の人たちを想起させるような哀愁が漂う。

もう一人は遺体となった出雲の鍛冶職人の老人。

この人には凛とした強い意志を感じさせられる。

この二つの被害者がどこでどう結びつくのか、それは終盤になってようやくわかるわけだが、ここに登場する警察の捜査陣は実によく捜査をする。

無残な死を迎えるに至る、被害者たちの生の軌跡を地道な捜査で明らかにして行く。

地道な捜査だけではなく、被害者やその家族の心情を思う真摯な姿勢が描かれてもいる。

確かに推理小説かもしれないが、推理そのものよりもそれぞれの人間を描こうとしているように思える。

推理小説としてはいかがなのだろう。

貧困の中から這い出して成功を遂げた人間がまだ、若い頃ならいざ知らず、昔の愛した人への執着がどれだけあったにせよ、これだけの成功者が殺人に至ってしまうその安易さがどうにも腑に落ちないが、まぁそういう話も有りでしょう。

あまり、ミステリだの推理小説だのというふれこみを前提に読まない方がよろしかろう、と思います。

星月夜 ホシヅキヨ 伊集院静 著 文藝春秋