カテゴリー: ア行



ツバキ文具店


手紙の奥深さを改めて感じさせてくれる一冊です。

文具店と言いながらもほぼ本業は代書屋さん。

江戸時代にお殿様の祐筆を務めていたとされる家の跡取り娘が主人公。

代書屋という呼び名はどうも安っぽいイメージがしなくもないが、値段はさておき、仕事ぶりはそんな安っぽいものではない。

夫が亡くなったことすら把握出来ていない認知症が始まった母親がずっと夫からの手紙を待っている。
その亡き夫に成り代わって天国からの手紙を代筆する。

借金の返済を断りたい。
二度と借金の申し入れをしないように、などという代筆。

依頼される代書は見事に様々でかなり難易度が高い。
借金の返済の断りなど簡単ではないか、と思われるかもしれないが、二度と借金の申し入れをしないようにという願いを聞きつつも、送る人、送られた人それぞれの気持ち、立場を可能な限り考えた結果、送られた人も傷つかず、送った側を逆恨みするどころか、逆に清々しい気分になるような手紙を書く。

もはや、代書という作業ではなく作家に近い。
この本には実際の手紙そのものの写真も載せられているのを見ると、依頼毎に手紙の筆跡も表情も全て異なっているのがわかる。

筆など一体も何十種類そろえているのだろう。
この手紙は万年筆でメーカーはウォーターマンのル・マン○○を使おう。インクはブルーブラックで・・・。
この手紙ならモンブランのマイスター○○○を使おう。
この手紙はインクが滲まないボールペンで書くことにしよう、とか。

とにかく道具選びだけでも半端じゃない。

便せんの紙質はどれを使い、色は・・・封筒も紙質、色を厳選する。
おまけに貼る切手もそれぞれの局面に合わせて使い分ける。

まさに至れり尽くせりだ。

PCの普及後、手で字を書く機会がどんどん減って来てしまい、たまに署名欄に自分の名前を書くぐらいになってしまっている人など結構多いのではないだろうか。

スマフォでのコミュニケーションの多くはもはやメールという文章ですらない。
スタンプの応酬だけのコミュニケーションの人も居ることだろう。

近いうちに手書きの手紙というコミュニケーション手段は伝統文化に近いものになってしまうかもしれない。

とはいえ、手書きでないにしろ手紙というツールはまだまだ使うこともあるだろう。

この本、手紙一通一通ごとのいい話だけじゃない。
手紙にまつわる豆知識や、何かと為になることも多々書いてくれている。

一読して一度手紙を書く参考にしてみてはいかがだろう。

ツバキ文具店∥小川 糸著



蜜蜂と遠雷


音楽を文章で表現する。
果たしてそんなことが可能だろうか。

日本のある地方都市で行われるピアノコンクール。
世界の一流への登竜門のようなコンクール。
この本、その一次審査から二次、三次、本選と、ほぼ、そのコンクールだけで成り立っている。

そこに3人の天才ピアニストが登場する。

一人は自宅にピアノを持たない少年で著名な音楽家の推薦状を引っ提げて来る。
彼の奏でる音楽は、まるで彼がそこで作曲し始めたかのような、自由さがある。
彼の弾くピアノに、他のコンテスタントは触発されて行く。
皆が感動するピアノを弾くのだが、それは必ずしも審査員受けするものではない。
だが、もう一度聞いてみたい、とは思わせるので、審査を勝ち抜いて行く。

一人はかつてジュニアコンクールで圧倒的な実力を発揮していた女子大生。
子供ながら先々の講演予定がびっしり入っていた彼女なのだが、マネージャーのような存在だった母を亡くしてしまい、その後の舞台をドタキャンし、以降、表舞台から消え去った人だ。
その彼女が幼い時に見出したもう一人の天才。
一流のピアニストに師事し、コンクールでの勝ち方を知りぬいた本命中の本命。

その三人がほぼ主役なのだが、その音楽に感動させれるのは「元消えた天才少女」が奏でるピアノ。

文章を読んでいるのに、その音楽に感動して涙腺が緩んでしまった。
こんなことは初めてだ。

この本、コンクールを舞台に数々の人間模様を描いているが、この世界の裏側を至る所で垣間見ることが出来る。

コンクールに出るにはもうとうが立ったとも言えるような社会人も出場する。
もともと若い頃はピアニストを目指していた人なのだが、今や結婚もし、子供もいる中、最後の挑戦との思いで、仕事をしながら寸暇を惜しんで練習し大会に臨む。
その練習をし、というのも簡単じゃない。
音大生ならいくらでも環境はあるだろうが、ピアノをまともに弾く場所がない。
楽譜を買うのも高くつく。
レッスンなど受けようものならレッスン料も・・。

小さい頃から親が環境を与え、時間を作り・・、とそもそも、かなり恵まれた環境の人にしか挑戦権はない。それでも予選に辿り着く前に大抵は落とされる。

ごくごく限られた天才たちだけが予選まで到達できる。

フィギアスケートの選手たちを連想してしまった。

果たして、音楽を文章で表現するなんて可能なのだろうか?という疑問をこの作者は見事に払拭してくれた。
見事と言うしかない。

蜜蜂と遠雷 恩田 陸著



ナツコ 沖縄密貿易の女王


与那国という島、日本の領土でありながらも防空識別圏は台湾にある。
自国の領空は自国の防空識別圏内にあるのが当たり前だが、戦後のドタバタで、米軍政府は与那国という島の存在に気が付かなかったのか適当に空の線を引いてしまって、それがいまだにそのままとなっているのだそうだ。

与那国という島、地図で見れば一目瞭然。本土はもとより沖縄よりもはるかに台湾に近い。

敗戦までは与那国も台湾も日本に帰属していた。
だから隣町へ行く感覚で与那国の人たちは台湾へ渡っていたしそれは敗戦後も米軍政府が気に留めない島ならなおのこと同じだったのだろう。

今は閑散としたこの与那国が最も栄えた時代が戦後の7~8年間。
島の通りは那覇の国際通り並みだったという。

沖縄よりも台湾の経済圏内にあった与那国が密貿易の中継地として最も適していたのだろう。

密貿易というと、麻薬の取引でも・・などと連想してしまいがちだが、決してそんないかがわしい類ではない。日本が戦争に負けて、東京も大阪も焼野原だが、沖縄は国破れて山河無しの状態だったという。
焼野原になった後も日本で無かった時代が続くのだ。進駐軍であるアメリカの軍政府は、日本との取引も海外との取引もさせない。それどころか群島同士間の商売も禁じてしまっている。

まるで沖縄全体を収容所だとでも思っていたのだろうか。

日本本土は戦後に復興していくが、沖縄の戦後とは日本人から忘れられた戦後じゃないか。全く知らなかった。

メシを食うためには物々交換ででも密貿易をせざるを得ない。

そんな中で一番抜きんでていたのが、このナツコ(金城夏子)と言う女性。

最新の高速船を持って、八重山、石垣、与那国・・・の沖縄の各群島や本土の和歌山、神戸、台湾、香港、フィリピンなど各地を飛び廻り、誰よりも大きな商いをしかける。

会社組織を作ってからの商いでは沖縄で流通する全小麦粉の半分以上を商っていたというから、もう総合商社なみだ。

面倒見が良く、きっぷが良く、先見の明があり、決断が速く、行動力がある。

この時代を生きた沖縄の人でナツコの名前を知らない人は居なかったという。
でありながらもどの文献にも登場しない。

著者の奥野修司と言う人、このナツコを追って取材すること12年。
それだけの歳月をかけてやっと書き上げたのだという。

何が彼をそこまでさせたのだろう。

司馬遼太郎が坂本龍馬を見つけた時のような気持ちだったのだろうか。

司馬遼太郎は誰を題材にしてもストーリーにして創作してしまうので、読み物としてははるかに読みやすい。

奥野と言う人はノンフィクション作家だ。創作は交えない。
この本、時代背景などは各種の文献から拾っているが、ナツコに関する記述は全て探して探してやっと見つけた人たちからの証言によってなりたっている。

だから証言者の順なので、時代が行ったり来たりする。
そこが若干わかりづらかったりもするが、当時の沖縄とその周辺のこと、何より分かりやすく記されているのではないだろうか。

巻末に参考にした文献の一覧があるのだが、半端な量じゃない。

ナツコという人もすごい人だが、追いかけた著者の執念もまた凄まじい。

ナツコ 沖縄密貿易の女王 奥野 修司 著