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GF ガールズファイト


短い小編が5篇ほど。
「キャッチライト」
後述。

「銀盤がとけるほど」
小さい頃からフィギアスケートを習っていた女の子の話。
日本では、競技人口が少ないと言われるペアを選択。
フィギアスケートの経験者の父とペアで練習をするがその父が亡くなり、新たなパートナーとどうもしっくり行かない中、頑張る女子スケート選手の話。

「半地下の少女」
何故かいきなり時代が変わって昭和20年の敗戦直後の満州国大連。
それまで道路の真ん中を歩いていた日本人としてのそれまでの誇りはどこへやら。
道路の片隅でなるべく目立たないように目立たないように暮らす日本人達。
とあるきっかけから、口がきけなくなってしまった少女はひがな地下室に隠れるように住み、昼も夜も一歩も外へ出ることがない。
その少女が外へ・・・。

「ペガサスの翼」
バイク乗りの女の子の話。
同じバイク乗りでも引ったくりの常習犯を捕えようとする。

「足して七年生」。
小学1年生の男子児童に思いを寄せられた小学6年生の女子。

この本の表紙(装丁)やタイトルからは、闘う女子高生みたいなイメージを連想するだろうが、程遠い内容で少々ミスマッチ。唯一「頑張る女性」で集めてみました、みたいな集め方で、それ以外にあまり統一性の無い話が並ぶ。

唯一面白い印象を持つのは
冒頭の「キャッチライト」

元アイドルの話。
とうていガールというにはとうが立ちすぎているが、かつて一世を風靡したアイドルもピークを過ぎれば、現アイドルのカバン持ちみたいなことまでさせられ、なんとかスポットを浴びたい一心でマラソンにチャレンジする。

春や秋の番組改編期に恒例の芸能タレントが会場を埋め尽くした中で行われるクイズ番組。
その中の目玉がマラソン大会。
一位からの順位がクイズとなり、マラソンの最中はトップランナーは、ずっとカメラに映され続ける。
そのトップランナーとなり、必死で笑顔を維持しながら、「仕事を下さい」だの「なんでもします」だのというメッセージを書いたゼッケンを入れ替えて視聴者の目を引こうとする。
この五篇の中でも最も必死さが伝わって、思わずほんの少しだが、感動してしまった。

もちろん、ガールズファイトには程遠いのではあるが・・・。

GF -ガールズファイト- 久保寺 健彦 著



天佑なり


高橋是清と言う人、明治、大正、昭和初期の他の人が主人公の話にちょくちょく登場する。
中でも印象に残っているのが城山三郎氏の「男子の本懐」だろうか。
そこでは悪く書かれているわけではないが、結果としてあまりいいイメージではない。

浜口雄幸と井上準之助が命がけで進めた金解禁。

浜口が倒れた後、内閣総辞職で次に発足した犬養毅新首相と高橋是清新蔵相が、浜口と井上の成果をひっくり返し、真逆の金輸出再禁止に踏み切ってしまう、というもの。

財政を拡大し、景気を刺激するのが得策か、財政を縮小し国の借金を減らすのが最優先か?
結構、いつの時代に手も議論されて来ていることのようだ。

いつも登場はするが、いざ高橋是清と言う人そのものにスポットを当てた本というのを読んだのはこの本が初めてだ。

この人、「人間万事塞翁が馬」を地で行くような人生。

若い頃にアメリカに渡るが、訳も分からずにサインをしたものが、自分を見売りする契約書で、危うく奴隷としての生涯を送ったかもしれない。

帰国後いくつもの仕事に就くが当初は教師の仕事が多い。

その教え子には後にバルチック艦隊を破った帝国海軍の名参謀となる秋山真之だの、日本銀行本店ビルや東京駅やら両国国技館やら名だたる名建築物を残したこれまた天才辰野金吾なども居たりする。
後にそのお教え子辰野金吾の下で下働きをしたりもする。

それにしてもこの人の若い頃ってどれだけ簡単に仕事を捨ててしまっているのだろう。
今の就活に悩む若者が知ったらさぞかしうらやましい限りだろう。

若き新校長として赴任する時などは、一度も登校することもなくやめてしまっている。

それでも次の仕事が向こうからやって来る。
それだけその当時は英語に堪能な人が如何に重宝がられていたか、ということなのだろう。

現場主義で現場を見て無駄をとことん省くこつを心得ている。
とにかく発想が柔軟で、前例がないという反対は、軽くぶっつぶす。
前例がなければこれを行う事でそれを前例とせよ、と。

知的財産についても早くから目をつけ、日本で概念すらなかった商標や特許を守ることが急務だと、米、英、独の実情を研究した上で日本で初となる特許庁の創設をやり遂げてしまう。

そうかと思えば相場で失敗し、またペルーでの鉱山採掘事業に失敗。(本来彼自らの失敗ではないかもしれないが)そんな失敗の一つ、一つを全て自分の糧に変えてしまう。

欧米にも広い人脈を築き、日露戦争の時など、日本に戦争を賄えるだけの外貨がほどんどなかった時に、この人の才覚で戦費の4割以上を外債発行で調達して来てしまう。
日本が負けると誰しも思う中でやり遂げてしまうのだから尋常の沙汰ではない。

途轍もない才覚だ。

冒頭の浜口雄幸、井上準之助VS高橋是清ならば、高橋是清を間近で読んだからだけではない。
明らかに高橋是清に軍配があがることはその後の歴史を見れば明らかである。

明治日本には、国家の危機と言う時に、本当に稀な天才が何人か現われ、国家を救うのだが、高橋是清もそんな天才の中の一人だろう。

天佑なり 幸田真音(こうだ まいん) 著



姑獲鳥の夏


京極夏彦という作家の本は、‘読んだ’ことはなくても、書店で‘見た’ことのある人は多いのではないだろうか。

本屋の文庫コーナーにある、ひときわ分厚い辞書のような小説。
彼の小説(特に京極堂シリーズと呼ばれるもの)は1000ページ前後の作品ばかりである。
驚くべきはページ数だけでない。
こんなにも長いストーリーでありながら、無駄な文章が一行たりともないことだ。
一言一句すべてが、謎を解決するのに不可欠な内容ばかりなのである。

そんな彼の作品の中でも何年かに一度読み返したくなるのが、デビュー作である「姑獲鳥の夏」だ。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ」と言う中禅寺秋彦(京極堂)。
梅雨も明けそうなある夏の日、関口巽は巷での噂について、意見を求めに京極堂へ向かう。
その噂とは久遠寺家についてであり、「二十箇月もの間子供を身籠っていることができるのか」というものだった。
ふたりはこの奇妙な話について問答することになる。
これをきっかけに事件に巻き込まれていくのだ。

また、その噂が他の複数の事件とも関係していたことが判明する。
久遠寺家の一件以外にも嬰児死亡事件など、同時進行でそれぞれの事件が展開していくことになる。
こんなにも事件が広がってしまって、果たしてどう収拾がつくのか。
予想が立たない展開が見ものだ。

シリアスな物語なのかと思えば、中盤からは、人間を一目見るだけでその人物の過去や記憶が見えるという探偵・榎木津礼二郎の登場で空気が明るく一転したりする。
関口・京極堂・榎木津の付き合いは戦時中から続くものであり、事件の謎も気になるところだが、彼らの変わった形の友好関係にも注目だ。

最後まで読者を飽きさせない作品である。

充足した内容なのに、読んでも読んでも減らない膨大なページ数。本好きにとってこんなに幸せなことはない。

姑獲鳥(うぶめ)の夏 京極夏彦著 講談社文庫