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島はぼくらと


なんて読後感のいい本なんだろう。

瀬戸内海にある冴島という架空の話が舞台。

島にある学校は、小学校と中学校まで。
高校に進学するには本土へ渡らなければならない。
それでもまだ高校なら本土で一番近い学校ならフェリーでの通学も可能だが、それでもフェリーは決まった時間での往復しかしておらず、島へ渡る便は夕方の早い時間が最終。
やりたいクラブ活動があってもほんの出だしだけしか参加できない。

高校後の進路、進学するにしても就職するにしても、島には産業と言える産業がないので、自然と島を出ざるを得なくなる。

島では母親は15歳になれば離れ離れになることを覚悟の上で子育てをする。

主人公は島から本土へフェリーで通う朱里、衣花、新、源樹という女子二人、男子二人の高校生4人組。

彼らの友情もさることながら、島のおばさん達やおじいさん、おばあさんたちの絆も半端じゃない。

島では男は同じ島の住人の誰かと兄弟の契りを結ぶ。
その契りを結んだ相手がだれかと兄弟の契りを結べば、その人も兄弟になる。
一旦、兄弟の契りを結べば、もう親戚同様。冠婚葬祭のみならず普段から助け合う。

そんな兄弟の風習が描かれているが、兄弟の契りなどなくても皆助け合っていそうなのだ。
子供は皆で育てるもの。
都会どころか地方都市にすらなくなってしまった昔の村社会の良さがそのまま残っている。

もちろん、そんなにいい話ばかりじゃない。村には病院が無い。
急病になった時に霧でも発生してしまえば、本土へ行くフェリーさえ動かない。
本来なら助かる命も助からない。

この物語、そういう島での生活や高校生たちの友情を描くだけでも充分に読みごたえがあるのに、かなり盛りだくさんにいろんな話を詰め込んでいる。

島へのIターン者の女性の中の一人に元オリンピックの銀メダリストが登場する。

彼女はメダルを取った途端に変わってしまう周囲についていけなくなったのだ。

そんな彼女をこの冴島は温かく包み込んでしまう。

その元メダリストの話だけでも一冊の小説が書けてしまいそうな話が織り込まれているかと思えば、Iターン者の積極的な受け入れに関する前向きな取り組みと揉め事、地方活性のコミニティデザイナーとして島にやって来て、1年中島の誰かの家に泊まり込み、なんでそこまで出来るの、と皆に思われ、島の誰からも愛される女性の話。

話題もテーマも盛りだくさんなのだが、一つにだけ絞るならば、月並みなようだが「友情」じゃないだろうか。
祖母の世代の友、母の世代の友情、元メダリストとコミニティデザイナーの友情。
買いかけていたパンを子供連れが買ってしまうのだが、その時に朱里は言う。
「あー良かった。パン買わないで」
「だってあんなに喜んで買って行ったんだもん」

それを聞いた衣花がつぶやく。

「この子が親友で本当に良かった」と。

この一言に集約されている。

島はぼくらと 辻村 深月 著



聖痕


これがあの筒井康隆の文章なのか?
とあまりに古い文体に少々驚いてしまう。

生まれた時からの美貌の持ち主が主人公。
幼稚園に入る頃には近所でもその美貌は評判で、どこへ行っても「まるで天使みたい」と言われる彼。
その美貌ゆえに女性ばかりか、男性も惹きつけてしまう。
幼稚園に入るか入らないか、ぐらいの年頃の時に、その美貌をなんとかものにしたいと思う大人の男に押さえつけられ、おちんちんを切り取られてしまう。
出血多量で生命さえ危ぶまれたが、なんとか縫合して命は助かる。
その縫合のあとがタイトルの「聖痕」だ。

それ以降彼の男性としての機能が無くなり、二度と男性ホルモンは分泌されない。
会社を築き上げた祖父は、後継者として成り立たないのではないか、という危惧と同時に近隣にその事実が悟られないようにすることを第一義に考え、結局、早々に引っ越しをして新たな幼稚園に入園させる。

やがて彼は成長し、勉強も音楽も運動も出来、皆が振り向くほどの美貌を持つ。
なんでも持っているのだが、唯一男性機能だけは持っていない。

それがばれないように、修学旅行やクラブの合宿やというものには一切参加出来ないのだ。

満員電車に乗れば男性の痴漢が寄って来る、女性客が助けてくれて守ってくれたりする。

性欲やら喧嘩などの腕力には縁遠い彼だが、食欲だけは人並み以上。
幼い頃から祖父や祖母に超一級の店へ何度も連れて行ってもらったためか、味覚は一級品で、自身でも学生時代から料理を作らせれば、一級品の腕前。

ちょうど、時代は現代をなぞり、バブル期もバブル崩壊も経て、最後にはあの東日本大震災の時を経るまで続く。

そういう意味では新しい本なのだが、文体がまるで明治時代。
会話の括弧でくくることなく、その古い文体の中に溶け込んで書かれるという変わった手法で書かれている。

この本だけは、文章というもので書かれた本という媒体でしか味わうことが出来ないだろう。

こんな美貌の男性など現実界では想像出来ない。

どんな役者にやらせても、そりゃないでしょう、と言われるのがオチだ。

聖痕  筒井康隆 著



エリートの転身


「高杉良」と期待して読んだ人にはなんともまぁ残念すぎる作品。

エリートの転身、エリートの脱藩、民僚の転落、エリートの反乱という四作からなる本。

「エリートの転身」
一流の証券会社に入社し、同期の中でも出世頭。
将来の社長の器とまで言われながらも支店長を辞して、一からチョコレート職人に、という話。
支店長を辞める時の辞め方がナントモ。

会社をやめようと思っていた矢先に部下が不祥事を起こしたので、これ幸いとばかりに支店長として責任をとって辞任します、って退職する。
なんだろう。その辞め方って。
同僚や取引先や上司からも、なんて責任感の強いやつ。なんと潔いやつ、と惜しまれながらも実はうまく辞められたとほくそ笑んでいるような男に誰が共感するんだ。
カブ屋が嫌いになりました。とか、チョコレートを作りたいから、と言った方がまだ共感出来るし格好がいい。
チョコレート職人として一からスタートする努力は見上げたものだろうが、転身までの道筋がなんとも頂けなくて、到底本にするような話じゃないだろう。

「エリートの脱藩」
石油化学業界のトップ企業だが、オイルショック後の脱石油で業績低迷、一流企業をやめて中小企業へ転職する男。
低迷する業界だけになんとか起死回生のために粉骨砕身する話ならまだしも、会社のトップから慰留を受けながらも、ダメ業界から去って行きましたって話のどこに共感が得られるのか。

「民僚の転落」
大手繊維会社でエリートコースを歩いた男が、上司との付き合いゴルフでのしぐさが気に入らないから、と京都へ左遷されるという話。
京都支店での仕事は一からで呉服をたたんだり、正座で接客したりということを基本として教えられるのだが、そういう仕事がこの男、よほど気に入らなかったらしい。
郷に入れば郷に従い、基本を一から教えてもらえるというのはとてもありがたく大切なことだろうに。
そんな仕事は自分の仕事ではないとばかりに、飛ばされた理由だのばかりを探し出そうとするこの男もやはり共感を得られない。

「エリートの反乱」
企業内の派閥争いの結果が飛び火して一人の課長が懲戒解雇になろうかどうか、という話。
役員の理不尽な扱いに対して、戦いを挑む様は他の三作よりはまだ読み応えがある。
だが、まだ懲戒解雇を言い出されたわけでもないのに地位保全の仮処分申請を社長あてに内容証明で送りつけるという行為に出たこの男。

そんなことをして残っているよりも、それだけ仕事の出来るエリートならさっさと見切りをつけて転職すりゃいいのに・・・という気持ちになってしまうのは何故だろう。

どれも実話が元だったのかもしれない。
最初の「転身」などは社名も実際にある名前だけにまさに実話なのだろうが、どれもこれも、人を感動させたり、共感させたり、といういつもの高杉良作品とは程遠い。

小編は小編なりにちょっと山椒がピリリと効いていても良さそうなのだが、この作家、大作でなければ扱う素材も雑になってしまうのだろうか。
やはり高杉良は長編・大作に限る。

エリートの転身 高杉 良 著