カテゴリー: ハ行



風の中のマリア


オオススメバチのワーカーは幼虫からさなぎになり、さなぎから成虫になって飛びまわる様になって約30日で寿命を迎える。

彼らは昆虫の世界では最強の兵士で、イナゴを丸め肉団子にし、アシナガバチを肉団子にし、コガネムシを肉団子にする。
まさに狩りを行うのだ。

帝国の繁栄のために戦う戦士達。

その帝国も帝国の女王の引退、次世代の女王たちの誕生を迎えるとその繁栄を終焉させ、新たな女王たちがまた新天地で帝国を築く。

壮大な物語のようで、実はSF的なフィクションではない。

描かれるのはオオススメバチの生き様そのままなのだ。

西洋ミツバチはオオススメバチの餌食となるが、日本に昔から住んでいた日本ミツバチはオオススメバチの撃退法を知っていたりする。
逆に日本ミツバチは西洋ミツバチに襲撃されると全く成すすべもなく無抵抗のまま死に絶えてしまう。
いにしえの時代からの遺伝情報に西洋ミツバチなどは存在しないからなのだろうが、全くもって摩訶不思議。

彼らがゲノムがどうの、と話しだすあたりはかなり面食らうが、彼らが会話したり、思考したりするところ、そういうところ以外の虫達の生態についてはほとんどノンフィクションと言っても過言ではないのだろう。

作者はオオススメバチをはじめとする昆虫の生態をかなり詳細に調べ込んでいる。

なんとも不思議で斬新な作品なのだ。

風の中のマリア 百田尚樹 著



ボックス!


こんなのもあのベストセラー作家の百田尚樹氏の作品。

新今宮の近くにある恵比須高校という架空の高校のボクシンブ部の話。
このあたりで勉強もある程度出来る高校となれば今宮高校あたりを想像してしまうが、それは無関係だろう。
他に登場する高校のモデルはおおよそ想像がつく。
ライバル稲村は架空だろうが所属する学校などは興国高校以外には思い浮かばない。
大阪朝鮮などはそのままの名前で登場だ。

主人公君は勉強は出来るが、自他共に認める運動神経0の高校1年生。
幼なじみの友人が別の中学を経由して同じ高校に。その高校のボクシンブ部に所属する。
別の中学時代はイジメにもあっていた彼にとっての憧れの存在。
彼は運動神経抜群、小さい頃からケンカも強く、いつも助けてくれた。

持って生まれた才能を持ち、フェザー級で大阪府優勝。

そんな憧れの友人には到底かなうはずも無いと思いながらも、ボクシンブ部への入部を決意する主人公。

監督からジャブだけを打てと言われたら、ひたすらジャブだけを猛特訓する。

ようやく次のステップへと進んでも決して、習ったことを外さない。
それ以外のことはやらない。

晩のランニングも早朝ランニングも欠かさず、人の何倍も努力が出来る。
そう。この少年には「努力が出来る」という才能があるのだ。

みるみる上達して行くこの少年。
やがて憧れの友人をも追い抜き、高校で負け無しのモンスター高校生と評されるライト級チャンピオンと闘う。

ボクシングを題材にした小説は少ないが最近では角田光代の「空の拳」がある。
女性目線という意味ではこの物語にも女性教師の目線からも描かれるが、周囲の解説がそんな目線を打ち消してくれる。

特に試合の最中の場面などは、迫真の筆致でその光景が目に浮かぶ。

努力は決して裏切らない、ということを教えてくれ、読者に感動と爽やかな読後感を残してくれる素晴らしい本だ。

百田氏のことは「海賊とよばれた男」が出るまでは知らなかったが、「永遠の0」といいこの作品といい、その当時から百田尚樹氏は只者じゃなかったのだった。

ボックス!  百田 尚樹 著



夢を売る男


「永遠の0」では読んだ人を涙でボロボロにさせ、「海賊とよばれた男」では読んだ人に感動を与え勇気と元気を与える。
本当に同じ作家なのか?と思えてしまうほどに百田さんは守備範囲が広い。

この「夢を売る男」は出版業界の話。
出版業界と言ってもかなりいかがわしい。

○○大賞と銘打って作品を募集し、募集して来た作品の中で箸にも棒にもかからないもの以外は、全てお客様。

編集部としては一押しだったんですけどねぇ。なんとしても出版したいところなんですけどねぇ。大賞を取っていない作品となると、販売の方がなかなかうんと言わなくて、・・・と言葉たくみに誘導し、どうしても出版したい、という気持ちまで客の気持ちを高めた上で、ジョイントプレスなる出版方法(筆者にもお金を出してもらう。実際には筆者しか出さないのだが)を提案し、自費出版なら20万や30万で済むものを100数十万~200万のお金を引き出して行く。

かつて、新聞の取材のようにアポを取って、一通り取材した後に記事にするには実はお金がかかる、記事形式の広告だった、なんて営業手法があったが、出たがり屋の気持ちをくすぐる、誉めて誉めて誉め倒してその気にさせる、なーんてところはちょっと似ているかもしれない。

この出版社、元は印刷屋だったのが、この形式の出版をはじめて、出版不況をものともせず、急成長。ビルまで建てたのだとか。
こんな手法でなかなかビルを建てるところまではいかないだろうが、確かに目の付けどころは面白い。

それに実際に客には夢を売っている。

この会社の編集者の前職は全く畑違いだったりするのだが、営業バリバリの編集長の前職は本当のまともな出版社の編集長だった。

彼の今の出版業界に対する失望の思いが真逆の出版に走らせたのかもしれない。

とにかく売れない作家に対して、ボロクソ。

自らはミリオンセラーを連発しているだけに売れている作家が売れない作家のメシを食わせてやっているのに・・・みたいな受け取られ方をしないようにしっかりと百田某はすぐに消える作家だ、と自らに駄目だしをするのも忘れない。

ユーモアたっぷりに詐欺まがいの出版商法を書きながら、現実の出版というものへの辛辣な批判でもあり、偉い作家先生への批判でもあり、なかなかに読ませてくれる一冊。

さすがはベストセラー作家だ。

夢を売る男 百田 尚樹 著