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ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む -4万5千キロを競ったふたりの女性記者-


ジュール・ヴェルヌに「八十日間世界一周」という作品がある。

ジュール・ヴェルヌと言えば、後にアメリカのアポロにてほとんど再現してしまった月世界への旅行であったり、2万マイルの海底であったり、地底への旅行だったり、ほとんどが当時の技術では為し得ない夢の地術を描いたSFの作家なのだが、この「八十日間世界一周」だけはSFではなく、実際に当時に有った技術で行えるはず、として書かれたものだ。

19世紀後半のその時代にジュール・ヴェルヌの「八十日間世界一周」に挑んだ二人の女性記者。

その時代のアメリカは、いくらアメリカとはいえ、まだまだ女性が男性と同様に仕事をまかされる時代じゃなかった。
女性の新聞記者と言っても、男性と同様の取材仕事などはやらせてもらえない。
社交界のお飾りみたいな記事を少し書く程度。

そんな中で、危険を顧みず、潜入取材で身体を張って取材活動をする女性が現われる。
ネリー・ブライという20代の女性記者だ。
当時の精神病院がいかにひどいところなのか、精神病患者になりすまして入院して牢獄よりひどいその実態をあばく。
またある時は工員として働き、その苛酷な労働条件を体験取材したり、当時治安が悪く危険だと言われたメキシコへ渡って、実際のメキシコを体感し、アメリカよりもはるかに安全な国だという記事を書いてみたり。

とにかく身体を張って取材をする人なのだ。
その人がヴェルヌの書いた「八十日間世界一周」を自分なら75日でやってのけるから、やらしてくれ、と上司を説得する。

その世界一周の発表を受けて、別の社も即座に動く。
文芸評論のコラムを書いていた文芸記者のエリザベス・ビズランドという女性記者に命じてネリーとは正反対の方向で世界一周をせよ、と命じる。

ネリーはニューヨークから一路東へ。大西洋を経てイギリス、フランス、イタリアのルート。
エリザベスは逆に、一旦サンフランシスコまで機関車で移動し、そこから乗船して日本へと向かう。

この二人、ひたすら旅を急ぐので、そこでの発見や取材や紀行文は極めて少ないが、その極めて少ない中にエリザベスが見た日本の印象がある。

彼女は富士山を見て感動する。日本人の信仰の対象となるのはもっともだと感じる。
彼女の見た日本は明治維新から約20年。
日本に非常に良い印象を持っているところは嬉しい。
人力車の車夫を見てその筋肉質に惚れぼれとしたりするところはやはり20代の女性ならではだろうか。

ネリー・ブライは最初のうちこそ、フランスで本物のジュール・ヴェルヌを訪ねたり、という余裕があるが、半ばから、旅の目的はとにかく急ぐことそのものになってしまったようだ。

取材する対象があっても、取材するに足る時間が空いていたとしても、取材という熱意が消え去ってしまっている。

彼女は72日という驚異的な記録で世界を一周し、一躍全米で最も有名な女性となり、行く先々で、熱狂的な歓迎を受ける。

遅れて帰国したエリザベスは、騒がれることもなく、彼女自身も旅については沈黙を守るという、同じことを行いながら全く正反対の状態となる。

瞬間熱烈な歓迎を受けたネリーがその後、幸せだったかというとそうはならないのが物語とドキュメンタリーの違いだろう。

記者としてではなく、講演旅行に出る彼女にだんだんと世論は覚めて行く。
記者に戻ろうにもあまりにも顔が売れすぎてしまって潜入取材などはもはやできない。

この本、500頁を超える大長編である。
その大半は、彼女達の軌跡を追ってこの著者がこの時代の各地の出来事や時代背景などをを膨大な資料を元に書いているもので、その合い間にはラフカディオ・ハーンやらピューリッツァー賞で有名なピューリッツァーなども登場する。

あらためて彼女たちの旅の意味はなんだったんだろう、と思う。
蒸気機関車やスエズ運河の開通で世界の距離は短くなったことの証明?

いやいや、それよりも新聞社そのものの宣伝の意味しかなかったのではないだろうか。

彼女たちが訪れたそれぞれの地に短くとも2週間や3週間ずつは滞在し、旅そのものは1年かかったとしても、そこで若い女性記者ならではの感性で、また弱者の味方で帝国主義の英国人の驕りが大嫌いなネリーの見方、イギリス大好きのエリザベスの見方、それぞれで観たもの、聞いたもの、感じたものを取材し、書きあげていたらどうだっただろう。

その書きものは100年たっても200年たっても色褪せなかったのではないだろうか。
少なくとも彼女たちの足跡が歴史から消えてしまうということだけは無かっただろう。

著者が資料集めをして書いたものより、彼女たち自身が書いたものを読みたかった。

ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む -4万5千キロを競ったふたりの女性記者-  マシュー・グッドマン 著



色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


主人公は大学へ入ってから高校時代に五人で一組と思っていたほど仲の良かった親友四人に突如絶縁を言い渡される。

その四人は名字にそれぞれアカ、アオ、シロ、クロと色がついた名前を持っており、主人公だけが「多崎つくる」と色の文字が無い。
多崎つくるは絶縁された後、死ぬことだけを考え続け、満足な食事もせず痩せこけるのだが半年後には回復する。だがその後もずっと自分のことを色も中身もない空っぽの人間だと思っている。

その四人の内、男はアカとアオ、女はシロとクロ。
その内のシロがよくピアノで弾いていたのが、リストのピアノ曲「巡礼の年」。

序盤でこの長々としたタイトル「色彩を持たない」「多崎つくる」「巡礼の年」のキーワードは登場する。

36歳になった多崎はあの大学時代に何故突然に絶縁を言い渡されたのか、その理由を知らないまま、またまた絶縁されるのがこわくてか、友人の一人すらいない。

その多崎に2歳年上の彼女が過去に何があったのか、その4人に会ってくることを進言し自分探しならぬ過去を探しに行くというお話。

この本の登場人物はみな、饒舌で話が上手だ。
結構わかりづらいことも言っているはずなのにそれをわかり易く話す。

アカ、アオの旧友たちのみならず、大学時代に知り合った灰田も灰田の話の中に登場する緑川も。

文章も後に英文になることも意識しているのか、村上氏の文章そのものが昔からそうだったのか、難解な比喩もなく分かり易い。
従って非常に読みやすい本なのだ。

だが、なんだろう。すらすらとあっという間に読んでしまったが、何かが足りない気がする。
最終的に何が心に残ったのだろう、と問われれば、不思議と何も残っていなかったりする。

これがあのものすごい行列まで作ってバカ売れした本なのか。

やっぱり不思議な小説家だなぁ。
この村上春樹という人は。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年  村上春樹 著



グリード


これまで安い賃貸住宅にしか住めなかった人が別に収入が増えたわけでもないのに
いきなりマイホームを持てるようになる。
しかもこれまで一家5人が同居していたものを一人に一軒ずつの持ち家を持つことが出来る。

そんな夢のような話があるわけないだろ!・・・とあるわけの無い夢のような話を現実にしてしまったのが、サブプライムローンと言われる金融商品。

いずれ破たんするだろうことはこと冷静に考えればわかるものの、当事者はそんなことは露ほども考えない。
当事者が思うのは「これこそがアメリカンドリームなんだ。」

日本のバブル時代、株は先々にわたって上がり続けるもの、土地価格も先々絶対に上がり続けるものと思われていた。
わずかな土地を持っている人はそれを担保に莫大なお金を銀行が貸し付け、その金で買った土地をさらに担保にしてまたまた銀行は金を貸し付け、さらに土地を買う。
ほんの小さな土地を持っているだけで、その何百倍もの土地を手に入れることを当の本人たちは異常だと思わなかっただろうか。

日本のバブルは崩壊し、大量に貸し付けた金は不良債権化し、ほとんどの銀行が経営危機になる。証券会社では山一がつぶれ、銀行では長銀や日債銀が破たん。
生き残ったところも合併に継ぐ合併で、当時の原形をとどめているところは大手ではもはやなくなった。

この物語は、そのサブプライムローンが破たんし、リーマンブラザーズが破たんする世に言うリーマンショックの直前とその直後の期間を描いたもの。

日本のバブルが弾けた際にボロボロになった日本企業たちをアメリカのハゲタカ企業が荒らしまわったことへの意趣返しとばかりにエジソンが創業したというアメリカのシンボルの様な存在の企業を買収しようと日本のハゲタカが画策する。

エジソンの「1%のひらめきと99%の努力」の名言を「1%のひらめきのないヤツはクソだ」と理解してしまうところにこの男の自信が表れている。

そのハゲタカファンドのオーナーである日本人が主人公。その男を取材する新聞記者、潰れつつある投資銀行を守ろうとするアソシエイトの女性、この二人が物語の脇を固める。

自由と民主主義の国であるはずのアメリカでありながら「市場の守り神」と皆から思われている強欲な老投資家の思惑だけでFBIが大統領の賓客として招かれた日本人を拘束したり、この主人公を拘束しようとしたりする。

強欲な思惑が招いたウォール街どころか世界を震撼させるほどの規模の大ショック。
それまで持っていた店を手放し、安い賃貸住宅にすら住めなくなってトレーラー暮しをする人たちが大勢出た一方で、こんな事態を招いた張本人の投資銀行の社員の中に何人、家を追われるほどの人がいただろうか。
せいぜい転職するまでの間、贅沢な暮しを控える程度ではなかったか。
ここからアメリカは学んだのだろうか。

リーマン危機以降、量的金融緩和によってドルを世界中にばら撒き、好況を取り戻したら今度は緩和引き締めに入る。それによって新興国の通貨は暴落。
やっぱりその後もハタ迷惑さは変わってないか。

グリード 真山 仁 著