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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年


主人公は大学へ入ってから高校時代に五人で一組と思っていたほど仲の良かった親友四人に突如絶縁を言い渡される。

その四人は名字にそれぞれアカ、アオ、シロ、クロと色がついた名前を持っており、主人公だけが「多崎つくる」と色の文字が無い。
多崎つくるは絶縁された後、死ぬことだけを考え続け、満足な食事もせず痩せこけるのだが半年後には回復する。だがその後もずっと自分のことを色も中身もない空っぽの人間だと思っている。

その四人の内、男はアカとアオ、女はシロとクロ。
その内のシロがよくピアノで弾いていたのが、リストのピアノ曲「巡礼の年」。

序盤でこの長々としたタイトル「色彩を持たない」「多崎つくる」「巡礼の年」のキーワードは登場する。

36歳になった多崎はあの大学時代に何故突然に絶縁を言い渡されたのか、その理由を知らないまま、またまた絶縁されるのがこわくてか、友人の一人すらいない。

その多崎に2歳年上の彼女が過去に何があったのか、その4人に会ってくることを進言し自分探しならぬ過去を探しに行くというお話。

この本の登場人物はみな、饒舌で話が上手だ。
結構わかりづらいことも言っているはずなのにそれをわかり易く話す。

アカ、アオの旧友たちのみならず、大学時代に知り合った灰田も灰田の話の中に登場する緑川も。

文章も後に英文になることも意識しているのか、村上氏の文章そのものが昔からそうだったのか、難解な比喩もなく分かり易い。
従って非常に読みやすい本なのだ。

だが、なんだろう。すらすらとあっという間に読んでしまったが、何かが足りない気がする。
最終的に何が心に残ったのだろう、と問われれば、不思議と何も残っていなかったりする。

これがあのものすごい行列まで作ってバカ売れした本なのか。

やっぱり不思議な小説家だなぁ。
この村上春樹という人は。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年  村上春樹 著



グリード


これまで安い賃貸住宅にしか住めなかった人が別に収入が増えたわけでもないのに
いきなりマイホームを持てるようになる。
しかもこれまで一家5人が同居していたものを一人に一軒ずつの持ち家を持つことが出来る。

そんな夢のような話があるわけないだろ!・・・とあるわけの無い夢のような話を現実にしてしまったのが、サブプライムローンと言われる金融商品。

いずれ破たんするだろうことはこと冷静に考えればわかるものの、当事者はそんなことは露ほども考えない。
当事者が思うのは「これこそがアメリカンドリームなんだ。」

日本のバブル時代、株は先々にわたって上がり続けるもの、土地価格も先々絶対に上がり続けるものと思われていた。
わずかな土地を持っている人はそれを担保に莫大なお金を銀行が貸し付け、その金で買った土地をさらに担保にしてまたまた銀行は金を貸し付け、さらに土地を買う。
ほんの小さな土地を持っているだけで、その何百倍もの土地を手に入れることを当の本人たちは異常だと思わなかっただろうか。

日本のバブルは崩壊し、大量に貸し付けた金は不良債権化し、ほとんどの銀行が経営危機になる。証券会社では山一がつぶれ、銀行では長銀や日債銀が破たん。
生き残ったところも合併に継ぐ合併で、当時の原形をとどめているところは大手ではもはやなくなった。

この物語は、そのサブプライムローンが破たんし、リーマンブラザーズが破たんする世に言うリーマンショックの直前とその直後の期間を描いたもの。

日本のバブルが弾けた際にボロボロになった日本企業たちをアメリカのハゲタカ企業が荒らしまわったことへの意趣返しとばかりにエジソンが創業したというアメリカのシンボルの様な存在の企業を買収しようと日本のハゲタカが画策する。

エジソンの「1%のひらめきと99%の努力」の名言を「1%のひらめきのないヤツはクソだ」と理解してしまうところにこの男の自信が表れている。

そのハゲタカファンドのオーナーである日本人が主人公。その男を取材する新聞記者、潰れつつある投資銀行を守ろうとするアソシエイトの女性、この二人が物語の脇を固める。

自由と民主主義の国であるはずのアメリカでありながら「市場の守り神」と皆から思われている強欲な老投資家の思惑だけでFBIが大統領の賓客として招かれた日本人を拘束したり、この主人公を拘束しようとしたりする。

強欲な思惑が招いたウォール街どころか世界を震撼させるほどの規模の大ショック。
それまで持っていた店を手放し、安い賃貸住宅にすら住めなくなってトレーラー暮しをする人たちが大勢出た一方で、こんな事態を招いた張本人の投資銀行の社員の中に何人、家を追われるほどの人がいただろうか。
せいぜい転職するまでの間、贅沢な暮しを控える程度ではなかったか。
ここからアメリカは学んだのだろうか。

リーマン危機以降、量的金融緩和によってドルを世界中にばら撒き、好況を取り戻したら今度は緩和引き締めに入る。それによって新興国の通貨は暴落。
やっぱりその後もハタ迷惑さは変わってないか。

グリード 真山 仁 著



まほろ駅前番外地

まほろ駅前多田便利軒の続編。
まほろ駅前多田便利軒について、簡単にふれておくと、
多田というクソ真面目な男が経営する便利屋。
そこに転がり込んで来た高校時代の同級生の行天。
普段は何もせず、多田一人に働かせて居候を決め込んでいるような格好の行天。
何もしていないようで、いきなり突飛で、意表をついたような行動を取ったかと思うとそれが功を奏して問題が解決する。
概ねそんなかたちの問題解決ストーリーが展開される、

今回の番外地は多田も行天もどちらかというと脇役。
前作で脇役だった人たちが今度は主人公と言ったところか。

星良一の優雅な日常はなかなかに興味深い。
覚醒剤を密売する不良高校生を徹底的に痛めつけるかと思えば自分のマンションに転がり込んで来た女子高生に対する純な愛情はもはや高校生未満なのだ。
このギャップなんともいい
この章では、ほとんど多田も行天も登場しない。

思い出の銀幕は曽根田のばあちゃんの昔の恋愛物語。
行天をかつての恋人役にして語られる戦後のドタバタ時代のばあちゃんの恋愛話。
なんともほろ苦いは、ばあちゃんの名言がたくさんでて来る。

この本、既に映像化までされているのであまり深く記すこともないが、まほろ駅前多田便利軒を既読の方にはなかなか楽しめる番外編だろう。

まほろ駅前番外地 三浦 しをん著