カテゴリー: マ行



海辺の小さな町


ある青年が住み慣れた東京で受験せず、愛知県の大学へ進学し、知多半島と思われる海辺の小さな町で暮らした4年間を描いたもの。

宮城谷昌光と言えば、中国古代の専門家。中国古代ものと言えば宮城谷昌光以外の名前はそうそう浮かんで来ない。
そんな宮城谷氏が、日本を舞台にした現代の青春小説を書いているというのを聞き及んで早速、購入に至った。

確かに青春小説には違いないだろが、ずいぶんと良く出来た学生さん達なのだ。
今どき、こういう学生さんにに巡り合うことはそうそうないだろう。
学生というより書生さんという言葉がぴったりとくるような学生さん達だ。

下宿へ入ったその日に隣の部屋の同じ一回生と早くも友達になる。
クラシックが好きでかなりマイナーな曲でもすらすらと作曲家やタイトルが言えてしまう。
女性に対する視点も一昔前の少年のような純朴そのもの。

宮城谷さんの学生の頃ってこんな感じだったんだろうな、と思わせられる。

主人公は友人のすすめもあって写真にはまり出すのだが、その描写はこの作品が写真雑誌に連載されていただけあって、かなり専門的なところまで掘り下げられている。

実際に宮城谷氏そのものも本格的に写真にはまっていた時期があって、この本にも出てくるような写真雑誌の月例コンテストに応募し、賞も受賞したのだという。

写真がテーマだからというわけではないだろうが、文章が写実的で美しい。
風景が目に浮かんで見えるようにも思える。

それを持って宮城谷氏らしいという評に出くわしたが、私はそうは思わない。
中国古代を描いている宮城谷本からはこんなありありとした風景は見えて来ない。

宮城谷作品の新たな一面を見たような気がする。

海辺の小さな町  宮城谷昌光



レジェンド


自由の国アメリカの近未来がまるで中国のような情報統制独裁国家に!

全ての子供達は10才になると「審査」と呼ばれる試験を受けなければならない。
1500点満点のその審査で、1400点以上の高得点を取れば高級官僚でへの道が約束される。
合格ライン1000点を取らなければ、強制収容所送りになり、1000点から少し上だったとしても、それはかろうじて収容所送りにならなかっただけで世の下層階級で生き続けなければならない。

そんな試験で史上初の1500満点中1500点を獲ったのがジェーンという女の子。
飛び級で15才にして最高学府の勉学も終えてしまっている。

方や、その「審査」で落第した後、親からも死んだと思われるデイという少年。

賞金付きの指名手配中でありながら、軍事施設への攻撃やらの政府機関に対する強盗や襲撃を繰り返す。
行動は過激だが、決して死者は出さない。
計算されつくしている。あまりに華麗にやり遂げるため、逮捕は無理だろうと思われている。
エリート中のエリートのジェーンが、反乱分子のディを追う立場となって・・・。

「政府は国民の味方だ」と信じて来たエリートにとって、政府が群衆を取り囲んで銃撃する光景はどのように映ったことだろう。

作者のマリー・ルーは、天安門事件の時にはまだ若干5歳であったが、目の前で繰り広げられる惨劇ははっきりと目に焼き付いていると語っている。

民衆に銃を向ける国家とそれと闘う若者。

ありふれた設定かもしれないが、天安門事件を見て来た人が書いていると思うとそれなりの感慨がある。
ジューンとデイが交互に語り部となってテンポの良いこの本、なかなかに面白く一気に読みおおせること必至である。

レジェンド マリー・ルー著 三辺律子訳



名もなき毒


世の中にはいろんな毒があるが、もっともやっかいなには人間の毒。

結構な長編である。

主人公氏は金目当てで結婚したわけではない。
結婚相手がたまたま超巨大コンツェルンの総帥の娘だった。
結婚は当然反対されるだろうと思っていたら、すんなりとOKをもらえ、条件としてその企業の社内報の編集部に配属となる。

その編集部へアルバイトの補充で雇った女性が来るのだが、とんでもない毒女だった。

経歴は詐称しているわ、仕事は出来ないわ、注意すれば逆ギレしてアルバイトだから差別するのか、と怒りだし、怒鳴り出し、泣き出し、しまいには物を投げつける、とんだトラブルメーカーだ。

88倍もの応募があった中で選んだというんだから選考者の人の見る目を疑いたい。
前任者が明るい人で、その人の穴を埋めてもらうんだから、当然書類選考だけで選ぶはずはない。
面接をしてこの人なら、と思わせる何かがあったのだろう。
だとしたら、この毒女、相当に演技がうまかったのか。

編集長に向かって、あんたは人の上に立つ資格がない。無責任で無能だ。などと言い捨てて帰った後に出社しない。
そのまま、おとなしくやめるのかと言うとそんなやわなタマじゃなかった。
しばらく無断欠勤の後に現われたので編集長がクビを通達すると、編集長に向かって据え置き型のごついセロハンテープを投げつけて怪我をさせ、その上に、コンツェルンの総帥である会長宛てに編集部のあることないこと書き連ねた手紙を送りつける。
差別をされた。給与を払わなかった。クビだと脅された、セクハラをされた・・・。

これは物語のほんの序章にすぎない。

この本、シックハウス症候群、住宅地の土壌汚染、青酸カリによる無差別殺人事件、老人介護に悩む青年・・・など盛りだくさんのテーマを綴っているのだが、やはりなんといってもこの毒女の存在が一番強烈だ。

彼女、前職でも無断欠勤を心配して自宅まで来た小出版社の社長をストーカーだと訴え、その会社の信用を失墜させるのに成功している。

もっと前には兄の結婚式でスピーチを求められ、泣きじゃくりながら、兄から幼少の頃から性的虐待を受けていたなどと語り、花嫁を自殺に追い込み、親も兄も仕事を失わせるほどのことをやらかしている。

自分だけ幸せになって行く兄が許せなかったのだそうだ。

嫉妬や妬みだけでこれだけのことを成し遂げられるものだろうか。

そのバイタリティーを仕事に活かすなり前向きな事に活かせば、相当優秀なキャリアウーマンになれただろうに。

いや、結婚式場に居た全員を凍りつかせるほどのその演技力、やはり女優が向いているのか。

こんな極端な例はまず実在しないだろうが、人間、生きていれば多少なりともこれの縮小版みたいな毒を浴びることもあるのだろう。

シックハウスにしろ、土壌汚染にしろ、青酸カリにしろ、ずれも「毒」がキーワードなのだが、人間の持つ毒が一番恐ろしい。

そんなことを無理やり考えさせられるような本なのでした。

名もなき毒 宮部みゆき 著