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木暮荘物語


小編が七編と思ったら、繋がっていた。
木暮荘というボロアパートの住人やその勤め先の人などがそれぞれ主人公となり、その脇役の人が次の小編の主人公となる。

「シンプリーヘブン」
花屋で働く女性の部屋に三年間も行方知れずだった元彼が、ごく当然の如くに上がり込んで来る。
部屋には半年前から付き合い始めた現在の彼氏が居るのだが・・・。
「別れるとは言わなかったはず」と言い張る元彼氏のあっけらかんとした雰囲気とやけに物分かりがいい現彼氏に挟まれての一つ部屋での三人暮らし。
結構居心地が良かったりして。

「心身」
木暮荘の大家さんのおじいさんの親友が亡くなりかけている。
二~三年に一度しか会わない友人だが、この世に「親友」という存在が居るとしたら、その彼一人だろう、という。

案外そんなものかもしれない。
友達と呼べる人間は結構いたとしても真の親友と呼べるのは人生の中では一人ぐらいしかいないのではないか。
というところからこの小編は始まる。
その後のこの木暮老人のちょっとした色狂いは少々微笑ましくもあり、何やら物悲しくもある。

「柱の実り」
ヤクザのお兄さん、いやオジさんの優しさが心に沁みる一編。

「黒い飲み物」
夫の浮気が元でもめるドタバタ。
「コーヒーが泥の味がする」
という表現が妙に心に残る。
この泥の味はその後の小編にも登場する。

「穴」
女子大生の部屋を覗くのが日常化した男の姿を想像するとあまりに情けないが、そこから垣間見える女性の日常の努力というものに気が付き、当初ムカつきしか憶えなかった女子大生と気持ちが一体化して行く。
それにしてもまだ女子大生という若さでそこまで念入りに化粧をするものなのか?
いずれにしてもこういう女性の日常の努力というものは女性作家で無ければなかなか書けないだろう。

「ピース」
その女子大生が主人公。
彼女はまだ親になるということがどんなことなのかもわからない中学生の頃に一生子供が産めない身体だと知らされている。
そんな彼女のところへ妊娠したことを親にも彼氏の親にも告げられなかった友人が産まれたばかりの赤ん坊を預けて行く。
名前もまだない赤ん坊に名前を付けて、だんだんとその女子大生に母性が目覚めて行くという話。

「嘘の味」
他人が作った料理を食べるとその人が嘘をついている人なのか、浮気をしているのか、がわかってしまうという特技を持ってしまったために他人の作った料理は食べない主義の女性。
そんな女性の住まいに冒頭のあっけらかん男が居候する。

そんな七編を読んであらためて、本の帯を見直してみる。
「私たち、木暮荘に住みたくなりました」
って、それはまず無いんじゃないの。

掃除機の吸い込みだけで隣室との間に穴があいてしまうってほとんどベニヤ板だろうに。震度2の地震でも崩壊してしまいそうだ。

かつて、ボロアパートを転々としたことがある。
三畳一間のボロアパートでは物を置けば寝る場所が無くなってしまうので、小さな冷蔵庫だったが、夏場は冷蔵庫に頭を突っ込んで寝てたっけ。

ある時は不動産屋が紹介した時は、今電気を止めているので、と間取りしかわからなかったが、いざ住んでみると壁一面にびっしりと黒い小さな虫がわんさかいたこともある。
不思議と三日も経てば慣れてしまうもので、そこへ泊りに来た友人も最初は気味悪がるが、すぐに慣れる、そこは四畳、六畳と二部屋もあったので、友人がそのまた友人を連れて来て、そのまた友人なのか知り合いなのか、知り合いですらないのか、ある日帰ったら、顔も見たことのない、知らない連中で一杯になっていた。
そろそろ、移り時と思っていたので、最初に来た友人にあと住みたきゃ、お前が家賃払っとけ、と言い残して自分一人でまたまた段ボール箱一つの引っ越しをした。

ワンルームでバス・トイレ付きが当たり前だと思っている連中にはボロアパートなんて実感としてわかないだろうな。

別に郷愁などはこれっぽっちもない。
あそこへもう一度住め、と言われたら「絶対に嫌だ」と言うだけの場所でしかない。
窓を開けるとそこは隣のボロアパートの便所窓だった時のあの臭さ。
夏場に窓すら開けられないあの部屋の暑さ・・などなど。
ボロアパートに関しての思い出ならことかかない。

さて、この「木暮荘物語」、三浦しをんにしては珍しくどの小編も「性」というものが前面に出ているものばかりだ。
とは言え、「性描写」があるわけではないので、そちらをご期待の向きにはむかないのだが、それでもそんな三浦しをんを読んでみたいという方にはお勧めしておこう。

木暮荘物語 三浦しをん著



友情


恋と友情が絡んで大変なのは、
今も昔も、男も女も同じなのだなぁと思いました。

ざっとあらすじ。
主人公の野島はまだ駆け出しの作家。
彼は友人の妹、杉子に恋をします。
野島にとって杉子は理想の女性。
想いはどんどん深く、妄想はどんどん大きくなっていきます。
野島がそんな恋心を打ち上げられるのは、親友の大宮にだけでした。
大宮も野島と同じく物書きで、作家として成功しつつありました。
互いに刺激しあい、心を許せる親友同士。
大宮は野島の恋を応援し、成就する事を願います。
しかし杉子は大宮を、大宮も杉子を想うようになり、
その事実が野島に知らされたとき、野島は大きく絶望します。

野島の杉子に対する気持ちはとても強いのですが、
杉子を理想化しすぎているのが難点です。
杉子という女性は野島が思うような理想の女性ではなく、かわいらしさもあれば、時にはずる賢さもある普通の女性のように思われます。
そんな杉子が野島に理想化されることを嫌い、大宮に惹かれていくのは仕方のないことだと思ってしまいます。
なんせ大宮という人は、頭がよく器用で、変な癖は無いけど芯のある男性。
女性に対して変にやさしくも無ければ、偉そうでもない自然体の人。
どう考えても野島より魅力的なのです。

しかし物語は野島の強い思いを土台に突き進んでいくので、
野島の恋が成就してくれれば、と願うようになっていきます。
しかし残念ながらそうはいかず、最後にドカンと事実が突きつけられます。

それまで冷静で、杉子に対する愛情を微塵も感じさせなかった大宮からの報告は、かなり衝撃的です。
その事実は彼の口からではなく、大宮と杉子の手紙のやり取りから知る事になります。なんだか知らなくてもいいことまで、二人の恋の盛り上がりを知らされます。
こんな形でなくてもいいのにと思いますが、友人にすべてを隠さずにぶつかって、どのような反応をされようともそれに耐える、というのが大宮が選んだ親友に対する姿勢なのでしょう。
野島は大宮のしたことに対して心から怒り悲しみます。そしてこれから待つ孤独を嘆きます。
その様子は痛々しいですが、同時にすがすがしさを感じます。
それは野島と大宮の間に隠し事は何一つ無く、互いに正直な感情をぶつけ合っているからだと思います。
二人にとって一大事なのだけれど、きっとまた立ち直る日がくるであろうと思えます。

最近は携帯でお手軽につながる友人関係ですが、これだけ本気で向き合う情熱があってこそ、本当の友人、友情と呼べるのかなと思いました。


友情 武者小路実篤著



錦繍


高校生くらいのときに読んで目からうろこが落ちたような気がした本。
久しぶりに読んでみましたが、残念ながら目からうろこは落ちませんでした。

ざっとあらすじ。
物語は手紙のやり取りだけで進んでいきます。
手紙をやり取りする男女は、10年ほど前に夫婦だった二人。
今は全く別の人生を歩んでいます。
偶然旅先のゴンドラで再会した二人は、10年前の様子とはだいぶ違っていました。
二人は決して幸せそうではなかったのです。
再開したことが過去に対する思いを呼び覚まし、最初に女が筆をとります。

高校生のときはただドラマチックな話に惹きつけられたのだと思うのですが、
今読むとぞっとしました。
生きるとか死ぬとか業とか、そういった言葉が散りばめられていて、
きっと深い思想が根底にはあると思うのですが、
物語中の表面上の出来事だけでお腹いっぱいという感じでした。

でもとにかく、過去(恋愛に絞った方が良いかもしれません。)には何も無いんだという感想を持ちました。
過去の想い出は自分ひとりの解釈の下にすくすくと成長して美しくなっていきます。
そして満たされなかった想いや疑問は、膨らんで自分勝手で頑ななものに変化してしまいます。
想い出を一人で大切にしているうちはいいですが、それを想い出の主な登場人物と共有しようと思ってしまうと、大概痛い目に合う気がします。

この物語の男女は過去を振り返り、疑問や憎しみから開放されます。
でも過去に対する思いをすっきりさせてくれたのは、過去の自分や相手ではなくて、
10年別の人生を歩んできた過去とは別の自分や相手です。
どんなに過去に引きずられても過去に生きることはできないのだと感じます。
特に女の人は次の恋をして子供まで生まれていたら、実際そんなに引きずれない生き物ではないでしょうか。

ただ生きてるだけで丸儲けの精神で、
今大切なものをがむしゃらに大切にしてやるんだいと思いました。

錦繍 宮本 輝 著