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光媒の花


なんとも多才な方だ。ミステリものやホラーっぽいものから、純文学っぽいものまで、と守備範囲が広い。

この本、「隠れ鬼」「虫送り」「冬の蝶」「春の蝶」「風媒花」「遠い光」と六篇の短篇からなる本だが、それぞれの中でちょこっと顔を出した人が次の篇の主人公になる。
リレー式の短篇とでもいうのだろうか。

「隠れ鬼」
印章店を営む主人が中学生の頃を振り返る。

30年に一度花を咲かせるという笹の花。

笹の花が咲いた後、笹はどうなると思う?

そう聞いて来たのはその当時の彼のあこがれの女性で来年には30歳になる。

笹の花が咲いた後、笹は枯れてしまうのだった。
あこがれの彼女は30歳になり・・・。

そしてそれから30年の歳月が流れ・・・主人公は事の真相を・・。

「虫送り」
幼い兄弟が虫取りに、そこで出会ったホームレスの男が教えてくれる田舎での「虫送り」という行事。そしてその幼い兄弟にふりかかった災難。

そのホームレスの知り合いだというホームレスが主人公となるのが、「冬の蝶」。
彼が中学生の頃、好きになった貧乏で汚いと同級生から蔑まれる女の子。
そのあまりにも悲しい思い出。
ここではキタテハという立羽蝶の一種が登場。

「春の蝶」
とある出来事から耳が聞こえなくなった少女とその祖父。
どうしようもなくわがままに育ててしまったとその祖父が嘆くのは自分の娘で少女の母。
ここでのキーワードはシロツメグサか。

「風媒花」
茎の断面が正三角形になっているというカヤツリグサ。
そのカヤツリグサに爪を差し込んで左右に引くと茎は真っ直ぐに裂けて、きれいな四角形の枠が出来るのだという。
花は咲くが地味な花なので誰の目にも留まらない。
風で花粉を運ぶ「風媒花」は綺麗な外見をしている必要がないのだという。

姉ののどに出来たポリープ。
入院は長引き、姉は日々衰えて行くように見える。
そんな姉を「風媒花」に例える弟。

「遠い光」
その姉が女性教師として、小学生の指導にあたる。
苗字が変わる小学生の女の子が問題を起こす。

最初の方の短篇とは全く違って、これなどはかなり希望の光の見える話である。
この話には冒頭の「隠れ鬼」に出て来る認知症の母と二人暮らしの印章店の主人が出て来る。

こうしてこのリレー六篇を読んで行くとミステリっぽい話もあれば、救いのない話、ほのぼのとした話、と話の作りはまちまちである。
それぞれに一本柱があるとしたら、それぞれの物語の中で何かを示唆するかの如く登場する植物や昆虫だろうか。

では「遠い光」は?となってしまうが、ちゃんと登場している。
夕焼け小焼けの「赤とんぼ」だ。
負われて見たのはいつの日か。

十五でねえやは嫁に行き。
ねえやが嫁に行ったのはねえやが十五の時なのか、それとも負われていた子が十五だったのか。
自分に弟が出来たなら十五はあと5年しかないが、弟が十五ならあと15年以上あるんだ。

これでやっと繋がった。

光媒の花  道尾 秀介著 (集英社)



悪道


森村誠一ってこんな本を書く人だったっけ。

「青春の証明」だとか「野性の証明」なんて読んだのははるか以前のことなので作風は覚えていないなぁ。
「母さん、僕のあの麦わら帽子、どうしたんでしょうね」だったかな。

今ではもっぱら母親役でしか見ない薬師丸ひろ子が中学生だっただろうか、高倉健と共演していた野性の証明の映画なら良く覚えている。

まぁ少なくとも、森村誠一が時代物を書く人だとは知らなかった。

時代物には大抵、善玉と悪玉が登場するものが多いが、ここでは徳川第五代将軍、綱吉のお側用人柳沢吉保がその悪玉。
もう一人の悪玉はあの世にも名高い悪法「生類憐みの令」を桂昌院に進言したと言われる僧の隆光。

物語は、綱吉が吉保の館を訪れて、能を演じている時に倒れ、そのまま亡き人となってしまうのだが、その発覚を恐れた吉保と隆光が綱吉の影武者を抜擢し、そのまま綱吉が顕在であるということにしてしまおう、という野望から始まる。

影武者で思い出すのは隆慶一郎が書いた影武者徳川家康の話だろうか。
話が脇道にそれるが、隆慶一郎という人、自らが尊敬する小林秀雄が生きている間は、その辛口が恐ろしくてとても小説を書くことが出来なかった、と言われている。
小林秀雄亡きあと、立て続けに時代物を執筆・出版して行った。
もっと若いうちから書きはじめていたら、時代物の大家として名を残したかもしれない。
その隆慶一郎の徳川家康の影武者とこの悪道に出てくる綱吉の影武者、結構共通点が多いように思えた。

綱吉の影武者を立てることに決めた吉保は隆光の助言を悉く採用し、綱吉が亡くなった当日に居合わせた人間で、綱吉の異変に気が付いたであろう人達をリストアップし、悉くその暗殺を企てる。

当日、居合わせた人間が悉く行方不明になってしまうことの方がよほど不自然であろうに。

そして当日居合わせた流英次郎という伊賀者と御典医の娘の江戸から逃避行を試み、悉く追手を退けるかと思うと、影として立ててやったはずの偽の将軍が、本来の将軍よりも将軍らしく、善政を布いて行こうとする様に慌てふためく吉保と隆光。

所謂、勧善懲悪ものである。

それにしても影の存在を将軍だとして老中はじめ、幕閣の人間も、最大の難関の大奥の人達も誰も疑っていない、という状況の中で天下の大老格がお目見え以下の軽輩の存在を怖れる理由がどこにあるのだろうか。

この本、講談社100周年書き下ろし100冊の一冊。
従って全て書下ろしのはずなのだが、週刊誌や月刊誌に連載したものを一冊にした本に見受けられるような、同じ説明が何度も記述されているのが少し気になった。

隆慶一郎の影武者と同じようににこちらの影武者も人間としては素晴らしいのだが、両者を比べると、あまりにこちらの方が有り得ない設定が過ぎていて、二つのうち、どちらかに軍配を上げろというなら、間違いなく、隆慶一郎だろう。

それでも、流英次郎の東北地方への逃避行の際に丁度その10年前に松尾芭蕉が「奥の細道」で辿った軌跡をそのまま辿っていき、その先々で詠んだ句が登場したり、とまま楽しめる本ではある。

悪道  森村誠一著  講談社 書き下ろし100冊



ペンギン・ハイウェイ


僕は大変頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。

という書きだしで始まる。
なんて嫌なガキなんだろう。
と誰しも思うかもしれないが、とんでも無い。
このボクは嫌なガキどころか尊敬に値するほどの努力家少年。
研究熱心な少年なのだ。

今年度が「ゆとり教育」世代の第一段が社会人になった年なのだそうだ。
その「ゆとり教育」というものが批判の対象になって久しい。
本来は教科書に載っていること以外の勉強を行う時間をとろう、と。自由に研究したり、個性を育むことを目的としたのだろうが、もう一つの目的が見え隠れして仕方がない。
学校の教員は春休み、夏休み、冬休み、と1年を通してたっぷり休みがあるのにも関わらず、世のサラリーマン並みに週休二日がで無ければ不公平じゃないか、と土曜日の休みを要求していたのではないのだろうか。
そして、彼らは春休み、夏休み、冬休みとたっぷり休んで、休んでもお給料はちゃんともらえ、尚且つ土曜日の休みも手に入れた。
夏休みだって子供の生活指導があるんだ、学校へも半分は出ているんだ、などという反論もあるのだろうが、少なくとも春と夏と冬には欠かさず、長期旅行へ出かけている教員を自分は知っている。
教員の週休二日はそのまま生徒のゲームを腕を上達させる時間にあてられるか、塾通いに宛てられた。

いや、教員批判がしたいわけじゃない。

この本の主人公の少年はその本来の目的だったはずのゆとり教育を自ら実践している。
ノートを肌身離さず持ち、気が付いた事は常に書きとめ、その内容を吟味する。
毎日何かを発見しその発見を記録する。
大人になるまで3888日。
一日、一日の探求の積み重ねを3888日重ねようという心意気は大したものだ。
大したものどころではないな。そんなことを心がけている社会人だって滅多にお目にかかれない。

少年の興味は幅広く、小学四年生にして「相対性理論」の本までも手を広げている。
同じクラスには宇宙に関心が有り、ブラックホールに興味を持つ友達が一人。
もう一人研究熱心な子が居て、この子も相対性理論の本を読んでいるというチェスの得意な女の子。

そしてこの話に欠かせないのが歯科医院のお姉さん。
少年はこのお姉さんが大好きで、もちろん服の上からであるが、おっぱいばかりを見つめている。
その行為にいやらしさは微塵もない。

この少年は正直なだけなのだ。
嘘も誤魔化しも何にもない。
あるのは探求心とそれから得られた知識の実践。
へんにくやしがったり、怒ったりもしない。
冷静なのだ。

ガキ大将グループから嫌がらせをされて、プールの中でパンツを脱がされてしまっても慌てない。
・ぼくが困れば困るほど彼らはますます楽しくなるはずだ。
・ぼくがちっとも困らなければ彼らは面白くない。
・面白くなければ二度とこんなことはしないだろう。
の三段論法で、困ることをやめて、プールからスッポンポンで上がることにする。
まさに達観している。
こんな子にはイジメも通用しない。

彼らの住むこの小さな町に不思議な現象が起りはじめる。

ある日、大勢のペンギンが町に現れる。

そこから始まる少年たちの研究と不思議なお姉さんの物語だ。

少年はその不思議な現象の謎を解明しようと、いろんな実験を試み、データをノートに書き記し、それを分析しようと試みる。
・問題を分けて小さくする。
・問題を見る角度を変える。
・似ている問題を探す。
少年が研究に行き詰った時に立ち戻る父から教わった三原則。

少年の父も母も少年の研究には理解が有り、父は時にはアドバイスを与える。

そんなこんなでわずかな期間で少年は見事に成長して行くわけだが、読後の哀愁感がなんとも言えない本なのである。

ペンギン・ハイウェイ [角川書店] 森見 登美彦著